Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

日本人の起源・大航海・ビーグル号

今回の「新・山形月報!」は、日本人の起源を探る大胆な一冊、海部陽介『日本人はどこから来たのか?』文藝春秋)を皮切りに、トール・ヘイエルダール『コン・ティキ号探検記』河出文庫)とチャールズ・ダーウィン『ビーグル号航海記』平凡社、上下)という冒険に満ちた本を扱います。ぜひ、ご一読を~。



今回は掲載の間隔が、やや詰まっております。少し遅れ気味だったのを挽回ということで。さて今回は、まず人類学者・海部陽介『日本人はどこから来たのか?』文藝春秋)。これは、もうタイトル通りの本。

日本人はどこから来たのか? (文春文庫)

日本人はどこから来たのか?

日本人の起源という話は、非常に興味深い話である一方で、変なイデオロギーに支配されがちなので、きな臭くなりがち。また、ジャレド・ダイアモンドのたいへんおもしろい(が、いろいろ批判も出てきている)『銃、病原菌、鉄』草思社文庫、上下)の原著に、実は「日本人とは何者だろうか?」という章が、後日出た増補版では追加されている(ぼくが勝手に訳したので、そちらを参照あれ)。つまり、この問題が日本人だけの関心ではなく、世界的にネタとして興味深いこともわかる。

そして、この日本人の起源については、イデオロギーと絡んで面倒だという事情がそこでも触れられている……。のだけど、その章では、なぜか日本で最も人気があるのが、日本人は古代氷河期の原人たちが独自に進化してきたという説とされている(その他怪しげな日本がらみのネタも多い)。えー、そんな変な説を唱 える人をあんまり知らないんだけれど。ウジ虫じゃあるまいし湧いて出てきたわけじゃないんだから、どっかから来たことくらいさすがにだれでも認めるんじゃないのかな。だいたい、上から来た説、下から来た説、真ん中の朝鮮半島からきた説、そのごった煮説くらいじゃないの? でも、確かに一部のネトウヨ諸氏 は、いまの韓国の人々と日本人とが遺伝的に近いのが我慢ならないので、あれやこれやとあやしげな話をたくさん持ち出している。

この『日本人はどこから来たのか?』は、 必ずしもこのネトウヨとかの変な妄想に貢献するものでも、否定するものでもない。というのも、扱っているのが数万年前の話、おもに新石器時代の話となる。 まあ、縄文時代以前、ですよね。その後、縄文人弥生人に追われておそらくアイヌとかに残っているだけになってしまったので、いまの日本人の先祖がどうのこうの、という話には直接続かないのだ。それでも、たいへんにおもしろい。何がおもしろいって、古代日本人というのが、アフリカを出てユーラシア大陸を一 万年かけて東へ向かってきた人類が、再び出会った存在かもしれないという可能性を示唆している点。

いまの人類がアフリカ起源とするのはだいたい定説で(つまりジャワ原人とか北京原人とかはどっかで死滅してしまい、いまの人類にはつながってないということ)、しかもアフリカを出てきたのはかなり少人数だったらしい。でも、いままでの定説では、その連中はずっと沿岸づたいに移動してきたとされるんだって。 ところが、著者が遺跡の年代測定を見るとちがう可能性が出てくる。内陸部の遺跡を見ても、同じくらい古いやつが出てくる。どうも、内陸部をつたって東にき た一派もいるらしい。そして沿岸一派と内陸一派が出会ったのが、日本も含む東アジアあたりらしい。

一つ、ぼくが驚いたのはこの日本人起源の議論であまり他分野の成果が使われていなかったという話。実はかつては台湾から細い半島が延びていて沖縄が地続きだったので、別に航海なんかせず歩いてきた、というのがこの分野では定説だったそうなんだが、他の分野の成果を見ると、地質学を見ても生物学を見てもぜんぜんそんな説は裏付けがないんだとか。え、そんなこと、とっくにわかってたんじゃないの、と思ったけれど、意外とみんな他分野の成果を参考にしたりはしな いらしい。

本書は、そうした他分野の成果も活用しつつ、遺伝学の分析、遺跡の年代測定、石器の技術など文化面での証拠を多面的に集めて、古代日本人の起源を検討している。そして特に伊豆諸島の神津島から出る黒曜石の分布から、元日本人が数万年前に高い航海技術を持っていたことがわかっている。著者は、その技術が存在 したのは南方の島伝いに、船で台湾、沖縄を経て日本にきた連中がいて、それが北や対馬からきた人々とまざりあっていったからでは、という説を出している。

いろんな話が多面的に絡み合いながら答が出てくる様子は、非常にスリリングでおもしろい。さらにこの説を証明するために、海部はいま、クラウドファンディング昔の人々の船を再現して、実際に航海しようという計画をたてている。おもしれー。ぜひとも応援してあげてください。ちなみに、まだ現時点で目標額二千万円の半分もいってない……。なんとか実現してほしい!

こういう人類の移動仮説を、自分で船作って検証しました、といえば、これは何といっても、かのトール・ヘイエルダールによるコン・ティキ号のお話。南太平洋の島々に残る神話伝承をもとに、この地域の人々が船で南米からやってきたという仮説をたて、あらゆる人の反対を押し切って自分でバルサという木材を使っ て筏を組み立てて、本当にペルーからそれらの島に渡ってしまったという話は、単純に冒険譚としても抜群に面白い。

コン・ティキ号探検記 (河出文庫)

コン・ティキ号探検記 (河出文庫)

(余談ながら今の部分、元の原稿では単に「バルサを使って筏を~」となっていたんだけど、編集さんが「バルサが何だかわからない人が多いかも」と意見をくれて、それが木材だというのを加筆した。でもバルサ工作って今の小学生とかはやらないのかな?が、それはさておき……)

本人が書いたそのお話が、トール・ヘイエルダール『コン・ティキ号探検記』河出文庫)。実はしばらく前に、出張先のテレビでこれを元にした映画(『コン・ティキ』)を流していた。2013年にこの本が文庫化されたのは、その映画公開にあわせてのものだったみたい。ジュブナイル(子ども向け読み物)でしか読んだことがなかったので、映画を観た懐かしさもあって初めて本物を読んで見ました。

で、やっぱおもしろいわ。突然思い立って、こういう冒険人類学とでも言うべき分野に乗り出す様子もあまりに唐突でインパクトあるし、実際の航海の描写も活き活きしていて楽しい。そして着いてからの歓待ぶりや、いきなり即席医師になってしまう様子も。翻訳も、ずいぶん前のものなのに全然古びていないのは立派。あと、昔読んだジュブナイルは、そんなに端折ってなかったことをを確認できた。

一つだけ不満がある。結局、このヘイエルダールの説は今では否定されている。南太平洋の人々は、アジアのほうからインドネシアをつたってやってきた人たちであり、南米からやってきたとするのは、他のいろんな証拠から見てないらしい。航海できた、というのと昔の人が実際にそれをやった、というのとでは話がちがうのだ。そこらへんの事情を、だれかに(それこそ海部陽介あたりに)解説で書いてもらうほうがよかったと思う。これだけ読むと、ヘイエルダールの勝利宣言だけで終わるので、「あれ、やっぱりこの人の説が正しいってことになったんだっけ」と読者が混乱してしまうんじゃないかな。ぼくも、この説について調べ るのにずいぶん時間をかけてしまったよ。

そして、同じ航海記として名高いチャールズ・ダーウィン『ビーグル号航海記』平凡社)。これも、ジュブナイルではかつて読んでいたけど、ここしばらく航海記づいているので読んで見ようと思った次第。いやあ、楽しいね。これまた若きダーウィンが、まだ進化論を考える前の時点でビーグル号に乗って世界一周をして、見るものきくものすべてめずらしく、それらを丁寧に書き記した本だ。地 理、地形、気候、動物、昆虫、植物、そしてジュブナイルでは飛ばされていた、各地の人間観察。理論化は考えずにとにかくあれもこれもと詰め込まれている。 それでも、今にして思えば進化論につながりそうな疑問もあちこちに記されている。なぜこの生物がここに広がったのか、なぜいろいろ鳥の種類がちがうのか? そういうところを見るのも興味深いもの。

翻訳は、荒俣宏による非常に読みやすいもの。荒俣宏はもともと名翻訳家だし、かつてジュール・ヴェルヌ海底二万マイル』の翻訳に登場する魚の和名がまちがっていると憤っていたこともあり、生物系にはきわめて詳しい。本書のような各種生物が乱舞する著作の訳者としてはうってつけだ。さらに詳しい訳注もあり がたい。

そして人間観察の部分で、たびたび奴隷制の糾弾や、現地人たちを奴隷、または奴隷まがいに扱う西洋人たちに対する憤りが述べられているのは、非常に感動的 ではある。同時に、人々の生活、理解力、労働などについての観察もきわめて詳細だ。読んで、何かすごい知見が得られるとか、まったく新しい発見があるとい う本ではないけれど、その観察力やすべてに「なぜだろう?」と科学する心の発露ぶりは実に爽快。古い本にありがちな、古くさい読みにくさも皆無で、非常に現代的に読める。

というところで、年度末のいろんな仕事が追いかけてきて、月末までにもう一本書けるかどうか。予告していた経済系の本はなかなか進まない状態でして……まあどうなりますやら。ではまた。