Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

#04 スモールネットワーク理論・文民統制・ゾンビとヴァンパイア

山形浩生さんの連載の更新頻度が上がりました! 「月報」と呼ぶのはおかしいので連載名は再考の必要ありですが、ともあれ今回論じられた主な作品名は以下の通りです。アルバート=ラズロ・バラバシ『バースト!』、三澤真美恵ほか編著『電波・電影・電視』佐藤元『ブリティッシュ・ニュー・ウェイヴの映像学』、三浦瑠麗『シビリアンの戦争』、ダニエル・ドレズナー『ゾンビ襲来』などです。



さて、前回の最後に触れたバラバシ『バースト!』NHK出版)。ぼくはこの本は、重要なことが書いてあるような気がするんだが、二度ほど読んでもそれがよくわからない。バラバシは、スモールネットワーク理論の 先駆者の一人だ。スモールネットワーク理論というと、えーと、インターネットとか神経系とかのネットワークは、あらゆる部分が均質に網の目を形成しているわけじゃない。いくつかのものすごいたくさんリンクのあるサイトと、ホンの一つか二つしかリンクのないサイトがある、という話だ。

でも、その構造であらゆる地点間はリンクを6つたどれば到達できて、世界の人も6人知り合いを介せばつながりがあって云々、という話を聞いたことがあると思う。バラバシは、それにかなり早くから注目した人だ。その理屈の人だ。あるいは、都市の規模や砂山の崩壊を見ると、それがべき乗則なるものにしたがっている、という話も読んだことがあると思う(なければ、スモールワールド理論とかマーク・ブキャナン『歴史は「べき乗則」で動く』(ハヤカワ文庫)などを見てみて。この知見自体は、もう常識に属するものなので。

バースト! 人間行動を支配するパターン

バースト! 人間行動を支配するパターン

さて、その彼が本書では、もう少し時間と活動の関係について書いている。世の中どんな現象でも、何も起きない時期と、狂ったように活動が起こるバースト期がある。でもそのバーストがいつ起こるかは……わからない。これは、人のメールを送る頻度を見てもそうだ。何十通もまとめてメールを送るときもあれば、 まったくメールなしの時間が何時間も続くこともある。会社にいても、やたらにあれこれ雑用が入ってくるときもあれば、忙中閑ありで、なんかちょっと手持ちぶさたなこともある。それは歴史でも同じで、何かいろんな事件が起こるときと、何も起こらないときが交互にやってくる……。

うん、確かにそうだ。そうなんだが……それがどうした? ある意味でこれは、「べき乗則」を時間に適用しただけ、ともいえる。で、べき乗則を最初に聞いたときも「おもしろいがそれがどうした?」と思っていたら結構重要な話になってしまった。だから今回のこれも、「おもしろいけどそれがどうした?」と思ったまま、意識の片隅に引っかけておくべきだという気がしてるんだが、なぜと言われるとよくわからない。

で、今回はこれを筆頭にちょっと科学書を漁ろうかな、と思っていたんだが、それはやめてちょっと奇妙な取り合わせを。一つは、三澤真美恵、佐藤卓己、川島真編著『電波・電映・電視』青弓社)。これは現代東アジアにおける、テレビや放送、発禁レコード、ラジオ、映画などについてまとめた論集。戦後のNHKの変なナショナリズムを絡めた権益誘導プロパガンダの実態とか、あるいは北朝鮮におけるメディアのあり方など、いろいろおもしろい話満載。多くは各国特定メディアの歴史をずらっと記述し たものではあるけれど、もちろんあまり知られていない話も多い。どの国も放送やメディアは政治と密接に絡んでいて、その歴史を記述するだけでも結構この地域が戦後に経た激動が感じられて、非常におもしろい。

映像の話では、佐藤元『ブリティッシュ・ニュー・ウェイヴの映像学』ミネルヴァ書房)。リンゼイ・アンダーソンとか、1950年代から60年代を中心に、イギリス映画について論じ、それが『フランス軍中尉の女』などもっと後の映画にどういうふうにつながるかを論じたもの。映画の評論というと、無用に社会的な意味合いを読み込んでみたり、シナリオにしか注目しなかっ たり、蓮實スクールの人たちみたいに「カーテンがなびいていた……すばらしい……ワンシーンワンショットの力が……」とか映像技法にばかりかまけたり、極端に別れがちだけど、本書はうまくバランスが取れていて、映画の時代との関わり、それが映像技法とどう関連しているかについて有機的に描けている。もっとも……この頃の泥臭いイギリス映画って、あんまり見ていないんだけど……ギャグのないモンティ・パイソンみたいで、地味な感じがしていまいち好きじゃなくて……。

さらに、まったくちがう話だけれど、おもしろいのが三浦瑠麗『シビリアンの戦争』(岩 波書店)。これは軍隊のシビリアンコントロール文民統制)の話。軍人はすぐ戦争したがるから、文民(シビリアン)が軍人の上にたってそれを抑えましょう、というのが日本でも軍隊の扱いの基本になっている。でも、実際には戦争になったら痛い思いをするのは軍人なので、実は軍人はそんなに好戦的というわけじゃない。むしろいやがる軍人を尻目に、バカなイデオロギーと思い込みに染まった文民どもが戦争を起こす例も多々ある。というかそのほうが多いかもしれない。文民統制なんて、実は無意味なお題目じゃないの? というのがこの本。

そして文民(デモクラシーに基づくはずの!)が暴走する理由の大きなものは、まさにその文民と軍人の分離にある。つまり、文民は戦争になっても(本土決戦にでもならない限り)自分は痛い思いをしないでいいんだよね。前都知事を含め、自分が戦闘にいく可能性が低いヤツに限って、やたらに好戦的なことを言いたがるのはよく見る現象だ。

だったら……シビリアンの暴走による戦争を避けるためには、シビリアンも戦争・戦闘に加わる仕組みを作る必要がある。これを著者は「共和国」と呼ぶ。その細かい内実は詳述されていないけれど、「緩やかな徴兵制度の復活ないし予備役兵制度の拡充」を含むものだ。軍の実態を知らない文民をちゃんと啓蒙し、みんなが戦争の痛みを理解する体勢を! すばらしい議論だと思う。と同時に、これを受け入れる人は少ないだろうなあ。すぐ「軍靴の音が~」とか言われちゃうだろうし。でも重要なポイント。正直言って、これが岩波書店から出ているというのは信じられないが、一方で岩波も捨てたもんじゃないと思いましたわ。

この三冊には共通点がある。どれも国の科学研究費(通称科研費)補助を受けて書かれた本だということ。大学の先生に科研費というと、たぶん複雑な顔をすると思う。このお金がないと研究に支障が出るけれど、一方で申請は面倒であれやこれや……そして、ここしばらく科研費の補助を得て書かれた本を何冊か見て、「こんなおちゃらけた代物に予算を割くなあっ! 文科省何やってやがる!」と怒鳴りたくなるケースが多かったもので、ぼくはもう制度としてもかなり見直しがいるんじゃないかと思っていたんだが、この三冊を見ると、有益な研究にもちゃんと使われているようで一安心。

あと、この『シビリアンの戦争』とちょっと関わる一冊。ダニエル・ドレズナー『ゾンビ襲来』白水社)。はくすいしゃああ?? なんでこんな本が白水社から? これはある意味で、最近アメリカではやりの、ゾンビ系マッシュアップものの系譜といえばいいのか。オースティン『高慢と偏見とゾンビ』(二見文庫)や、現在絶賛上映中の『リンカーン/秘密の書』(正しい題名は、リンカーンVSヴァンパイア)のように、まじめな設定の中にゾンビやヴァンパイアをまぎれこませて、ギャグに仕立て上げつつ原作やもとの設定にもリスペクトを行うような代物。

で、これはもしゾンビが襲ってきたら、国際関係論的にはどう対処されるのか、というのを真面目に考察した、国際関係論の立派なお勉強にもなる代物。リアリスト、リベラル、ネオコン、その他の思想がゾンビという存在をどう扱うか? もちろんそれを通じて、こうした各種国際関係思想の要点を浮き彫りにしようとするのが一番の狙いで、結構真面目にやってます。味わいとしては、『機動戦士ガンダム』を真面目に検討した多根清史『宇宙世紀の政治経済学』(宝島社)に似ている。

この種のものの通例として、何も知らない人が勉強するよりは、多少なりともリアリストなりネオコンなりの考え方を知っている人が、そのおちょくられ方を見 てニヤニヤしつつおもしろがる、という性質になる。でも、いろんな論点を見直すいい機会だし、これを読んで「こいつ、何言ってんの?」と思ったら自分で モーゲンソーなりを読んで勉強につなげる手もある。そうそう、国際関係論だけでなく、ゾンビについてもきわめて詳しく詳細な分析が展開されている。

ちなみに、本書でゾンビというのが、どこか特定国を暗黙に指しているのでは、という説もあるけれど、たぶんそれはなく、純粋なゾンビラブな一念で書かれたものだと思うぞ。ちなみにゾンビといえば、拙訳のジョン・クイギン『ゾンビ経済学』筑摩書房)が出ましたが、こっちは正当ゾンビとはまったく関係ない経済理論の解説書。

最後に、国際関係といえば本書で扱っていないイスラムテロも考えなくては、ということで、英語が読めるあなたはアルカイダのオンラインリクルート雑誌(と言われる)『Inspire』 でもいかが? 無差別テロの大義イスラム戦士はへなちょこキリスト教右派よりいかにえらいか、そして各種テロ装置自作方法が満載。興味ある方は是非ググってください。ちなみにこんな表紙。

ではまた次回。