Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

#03 未来予測・リフレ派・MAKERS(メイカーズ)

山形浩生さんの連載第三回目は、経済問題から腹の虫までどーんと論じられています。そして、次回以降、更新頻度も上がるかも!? そうそう、先日出た山形さん監訳の『邪悪な虫』『邪悪な植物』(ともに朝日出版社)は、インパクトあるエピソードが続々の濃い本ですよ!



ご無沙汰。月刊なのでご無沙汰はしょうがないんだが、週単位で課金されるのに月単位での更新はひどいという声をいただいたので、今後少し更新頻度を上げるかもという噂もあるとかないとか。どうなりますやら。

さて前回は小説特集のような感じで、特に伊藤&円城『屍者の帝国』河出書房新社)に字数を割いたんだが、お読みいただけましたかな? 読んだ方はその中で、カラマーゾフの片割れくんがアフガニスタンの洞窟で、あらゆる死者をよみがえらせてどうのこうの、と口上を述べるところがあったのを漠然とご記憶かと思う。

あのあたり、ぼくは伊藤/円城の創作だと思って軽く読み流していたんだが、そこに出てきたフョードロフという人物にふと興味を覚えて、彼の論文が出ているセミョーノヴァ&ガーチェヴァ編著『ロシアの宇宙精神』せりか書房)を手に取ってぶっ飛んだ。なに、あれは創作ではなくて、フョードロフは本当にそんなことを主張していたのか! とにかく、人類はこれからもっと進化し、卑しい動物の限界を超えて死も克服した存在になるのだ! しかも今いる人が不死になるだけじゃダメで、死んだ人もみんな復活してそこに加わるのじゃ!

とにかく、進化論とキリスト教神学がまるっきり勘違いした形で融合したキXXイぶり全開。その系列につながる他の人は、いまの人は他の生物を犠牲にして生きているがそれもいずれ脱して、人間も光合成と地面からの栄養でいきる、マジな植物人間になるべきで云々とか、もうむちゃくちゃ。こんな異常なことを考えていた連中がいたのか! 伊藤はぼくもどきだと書いたけれど、おみそれしました。ぼくの知らないこんな大ネタがあったとは。頭のたがを外すにはうってつけの本なので、異常な人の異常な思想が好きな人は是非。

さて、同じ未来を考えるのでも、もう少しまともな本。今回は少しビジネスチックにいきます。英『エコノミスト』編集部編『2050年の世界』文藝春秋)。この本は、日本が三流国に転じるという予測ばかりが大仰に取りざたされて紹介されてしまい、とても不幸だったと思う。

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する (文春文庫)

2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する

でも本書において、そんなのは枝葉にすぎない。読者諸賢はもっとちゃんと全体を読んでほしい。人口、科学、技術、ビジネス、資源、その他いろんなテーマについて、専門家たちが本当にきちんとマクロな予測を展開している。2~3年ほどの流行でクラウドがどうしたとか、アップルの新製品がなんだとか、そういうレベルでのすぐ廃れる予測なんか追いかけてもしょうがないけど、こういう本当に大きなトレンドはなかなかずれないし、また読者諸賢が今後仕事をする中でも重要になってくる。

また、予測をしつつその予測の限界についてもきちんと説明し、その一方でいたずらに恐怖や災厄を煽るような予測本に対し、これまで世界はいろんな予測よりずっとよい方向に進んできたことを指摘し、未来に希望を持たせてくれる。是非とも読んでおこう。

そして日本の没落だって避けられる。こういう予測は、過去数十年のトレンドをのばして得たものだ。日本の過去数十年をのばせば、経済的にはよくて横ばいの結果しか出ない。でも普通に景気回復のための手立てを講じれば、日本だってまだまだのびしろはあるはず。それがいまの人為的な不景気でどんどん縮小しているのは事実だし、だからこそ不景気を何とかしないといけないんだけれど……。

これをお読みの方は、ぼくがリフレ派と呼ばれる一派なのをご存じだろう。不景気というのは、平たくいえばみんながお金を使わない状況だ。金は天下のまわりもの。ぼくがお金をつかわなければ、あなたの収入は減る。するとあなたも節約したがるので、こんどはぼくの収入が減る。すると……これが社会全体で展開されれば、不景気だ。それを解消するためには、だれかがみんなのケチぶりを蹴倒すくらいにどーんと金を使うことだ。

あるいは、みんながため込みたい以上にお金を刷って、さらにそれがこの先も続く(つまりインフレが起こる)と思わせることだ。今の日本はデフレなので、それを再びインフレにする、つまりはリフレということ。

これを書いた本はたくさんあって、拙訳クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』早川書房)でもいいんだけど、日本に特化した本もたくさんある。岩田規久男、上念司、原田泰、飯田泰之あたりの本はなんでもいいからおすすめ。

そこで言われている話は決してむずかしいものじゃない。上で書いた不景気の説明を少し精緻にした程度だ。こうした日本のまともな不景気脱出に関する代表的な論客の一人、田中秀臣麻木久仁子や田村秀男と書いた『日本建替論』藤原書店)は、不景気対策を含め各種の経済問題を非常にシンプルに説明しているけれど、それを(どういう風の吹き回しか)田中秀臣と対談した、モデルの道端カレンが読んでブログに感想文を載せているけれど、立派。本のポイントはきっちり理解している。

日本建替論 〔100兆円の余剰資金を動員せよ!〕

日本建替論 〔100兆円の余剰資金を動員せよ!〕

道端カレンですらわかる、というと失礼だけれど、普通に本を読んで理解する能力があれば(そしてなまじへんなインチキエコノミストの邪説に毒されていない方が)理解できるのかもしれない。もちろんこんなものを読んでいる人なら、一瞬でわかる程度のこと。それをいまの政府や日銀ができないというのがなんとも……。

ちなみに無責任な経済評論家は、日本のものづくりはすばらしい、ダメな企業をつぶして精鋭企業のものづくりに回帰すれば、リフレや財政出動なしでも日本経済は復活するとか言いたがる。でも、それが怪しい話だというのも触れられている。そして実はそのものづくりの土台もいま大きな変化が起きている。

それがこの連載の第一回で紹介した。ファブラボあるいはMakeと呼ばれる運動だ。田中浩也『FabLife』オライリージャパン)が、その実際の製作の部分はうまく紹介していたけれど、今度それをもう少しビジネスや産業につなげた本が出た。クリス・アンダーソン『MAKERS』NHK出版)だ。

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる

さて、ぼくはホントであれば、こいつの本など紹介したくない。ロングテールとかフリーとか、お手軽なキャッチフレーズで既存の動きをまとめて無知なサラリーマンや浅はかなブロガーに売り込むやつ、という印象があるもんで。でも、本書はよく書けている。

発想は単純。パソコンやインターネットが出版やメディアにもたらした激変が、いまやものづくりにも生じようとしている、ということだ。一台数万円レベルの3Dプリンタや工作機械が普及してきた。そこにネットで出回るCADの設計図をつっこめば、家でそこらの工業製品もどきが平気でできてしまう。その図面も勝手に作れる3Dスキャナが出現しつつある。さらにそうしたモノづくりとコンピュータの世界をシンプルなコントローラで結びつけ、新しいものづくりの世界ができつつある。

これがメイカーズ運動だ。そしてこれは、従来のホビイストの世界を超えて、産業構造にまで影響を与える可能性もある。アンダーソンはそれを第二の産業革命と呼んでいるけれど、あながちピント外れでもない。ちょっとしたパーツ製造や小物製造は、これで代替されかねない。一般家庭が平気でパチもんを作れるようになる。

そのとき、いわゆる裾野産業——ものづくり日本の屋台骨——がゆらぎかねない。たぶんその直撃をくらうのは、最初は中国インド東南アジアかもしれない。でもやがてはこの日本だと思うぞ。そうなると産業はどう変わり、ビジネスはどうなるか……その可能性に震撼できない人は、イノベーションとか口走ってほしくないな。

ちなみに、マーケティング野郎(悪い意味。ぼくはエンジニア崩れなので、マーケティングなんてインチキ野郎の三百代言集団だと思ってる)のセス・ゴーディンまで最近になってこの方面に色目を使っている。思ったよりはやく旬が来そうなネタなので、みなさんも今のうちにおさえておくと吉。

押さえるというのは、単に読みかじるだけじゃなくて、少し手も動かしてほしいところ。第一回でも述べたけれど、オライリーが出しているMakeというシリーズをどれか見て、少し自分でなんか作ってみてほしい。小学生時代に工作に熱中した人ならすぐにできる。いろんなヒントとしては、雑誌『Make』の日本版がいいんだけど、ちょっと発行が停まっているみたいで残念。

さて、重い話からちょっと休憩で、くだらないといえばくだらない本が、長谷川雅雄ほか『「腹の虫」の研究』名古屋大学出版局)。これはもう朝日新聞に、この人がやらずにだれがやるというべき荒俣宏の書評が載っている。

ぼくたちはよく、腹の虫とか、虫の知らせとか、疳(かん)の虫とかいう表現を使う(あたしは使わないって? 歳寄りにきいてごらん!)。もちろんそんなのは迷信で、実際にそんな虫がいるわけじゃない。でも、本書はその奇妙な「虫」観をいろんな文献から探り、その変遷を整理する。そしておもしろいことだが、 この迷信は、実はさらなる迷信から脱するためのステップでもあった。

それまでは病気というのが、狐憑きだとかたたりだとか呪いだとか、超自然的なものとされていた。でも、それが「虫」というものの仕業だと考えることで、そうした症状が病気の一種となり、虫下しによって医師が「治療」できるものとなった。虫はそういう、合理的な思考への第一歩でもあったんだって。むかしの人はアホなこと考えてました。ネー、あっはっは、という上から目線のまとめではなく、それが当時の時代環境で果たした役割まで踏み込んだ、ヘンテコだけれどおもしろく、考えさせられる一冊。

別の意味でわけわからないのが、アルバート=ラズロ・バラバシ『バースト!』NHK出版)……と書いたところで、連載の頻度を増やすならちょっと小出しにしようとこざかしいことを思いついて、今回はここまで。次回は少し科学っぽいのをまとめていってみようかな。では次回はいつになりますやら。