Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

宗教集団・寛容・図書館大戦争

今回の「新・山形月報!」は、リチャード・T・シェーファー、ウィリアム・W・ゼルナー『脱文明のユートピアを求めて』筑摩書房)と、ミハイル・エリザーロフ『図書館大戦争』河出書房新社)を論じます。アメリカのマイノリティ集団を描いた前者と、ぶっ飛んだロシアの小説の後者を山形さんは、どう読んだのでしょう?



今回の最初の本はシェーファー&ゼルナー『脱文明のユートピアを求めて』筑摩書房)だ。何の本かというと、アメリカの比較的有名な、独特の小規模コミュニティについて、その成立や内容、社会との歴史的な対立や共存、そのメンバーの戒律や生活、そして組織としての興亡を非常に客観的な形で記述した本だ。

脱文明のユートピアを求めて (単行本)

脱文明のユートピアを求めて

ぼくはSFファンだし、また子供時代にアメリカでヒッピーたちの存在を少し見てから、その後多くのカルト集団の暴走も知ったので、こうした独自の規範や信念の体系を持つ小集団には、とても興味がある。たまたま本屋でこの本を手にとったのも、そうした興味からだったと思う。

本書のタイトルや帯のキャッチコピー(「アメリカ文明に背を向けた、10の宗教集団のフィールドワークの傑作。その精神世界と脱文明のライフスタイルとは何か。」とある)は、いささかミスリーディングだとは思う。登場する集団の相当部分は、決して脱文明ではない。また帯では宗教団体を扱った本という記述になっており、確かに宗教系の団体が多いけれど必ずしもそうでないものもある。ジプシー/ロマというのは、宗教集団というわけでもない。まぁ、でも大半は確かに宗教団体だ。映画『刑事ジョン・ブック 目撃者』で有名になったアーミッシュとか、独特のストイックな家具で有名なシェーカー、モルモン教エホバの証人ネイション・オブ・イスラムサイエントロジーなどだ。

こうした集団はどれも、独特の閉鎖的な集団を構築するし、その信念や「教義」とも言うべきものは、当然ながら一般的なアメリカ人とはちがう。だから、こうした集団の多くは、一知半解の好奇の目と、それ故の部分もある反発にさらされ続けている。その差が集団のアイデンティティになる一方で、ほとんど同じこと だけれど、かれらの受ける迫害の原因にもなる。

ということで、本書はまず、それぞれの集団についてきちんとした情報を提供してくれる。どんな背景でそれが生まれたか、どんな歴史的発展をとげてきたのか、内部の統制はどうなっていて、外部との関係はどんなものか? 参加者たちはいったいどんな経緯でそんな奇妙な(と部外者には思える)集団に加わろうと思ったのか?そして、その将来は? それはどのような形で存続し、あるいは衰退するのか?

ジプシー/ロマを除けば、本書に登場する団体はすべて、何らかのカリスマ的な創始者がいる。その思想というか教えが、たまたま時代とうまく共鳴することで集団が拡大し、存在感を増す一方で、まさにそれが周辺社会との摩擦を創り出し、批判、迫害が生まれる。同時に、拡大の中で内部からも反発や離反は生じる。

では、その組織はどう維持されるのか? 外部からのリクルートは当然ある一方で、組織内での出産による自然増で組織が維持される道もある。一部の集団は、カリスマ的な創始者が他界すると同時に求心力を失う。またシェーカーたちは、その教義としてセックスをしないので子供ができない。だから自然増による集団維持が不可能なため、集団としての存続がだんだん弱まりつつある。他方で、産めよ増やせよで、自然増を保つ集団もある。そして創始者の教えをうまく外部化し、何らかの本や体系にまとめることで存続し、拡大を続ける集団もある。

どの集団も実におもしろい。一知半解だったこともあって、ぼくは自分がアーミッシュとシェーカーをごっちゃにしていたと本書で知った。さらに本書に登場する一部の集団は、メディアに登場するときはかなり否定的な扱いになったりすることも多いし(サイエントロジーモルモン教エホバの証人)、あるいは変な好奇の目でおもしろおかしく扱われるだけのこともある(シェーカーやアーミッシュ)。本書はそうした一方的な見方を廃し、なるべくそれぞれの組織をフェアに客観的に描こうとする。だからといってメディアで取り上げられる否定的な部分を隠すわけではない。ただ、なぜそういう軋轢や外部からの批判が生じるのか、そしてそうしたネガティブな面にもかかわらず、なぜ人々はその組織にとどまり続けるのかについて、明解に描き出してくれる。

もちろん、各種団体の思想の特徴はわかるけれど、部外者のぼくたちから見れば、どの組織もかなり不思議で、異様な信念を持っていると言わざるを得ない。なぜ人がこんなものを信じるのか? 本書はそれをなるべく説明しようとはするけれど、でもそれで納得できるというものでもない。

そして、やはり本書を読んで考えてしまうのは、寛容性ということだ。多様性ある社会がよい、というお題目はもちろん知っているし、共存共栄も重要だ。こちらには理解できなくても、向こうは向こうの生き方がある、というのが基本路線ではある。だから寛容にすべきだというのは、基本的にはその通り。そして、無知や偏見に基づく不当な排除や差別は当然なくすべきだ。本書はその点でもちろん、とても役に立つ。

でも、一方であらゆる差別とか排除に共通する話ではあるんだけれど、「お互いの理解が深まればみんな仲良くできます」というわけにもいかない。一部の組織はそもそも共存共栄したいという意識を特に持っていない。多くは自分たちこそがエリートだと思っていて、自分たちの思想を受け入れない一般人とは、よくても距離をおき、ふつうは哀れみ(というのも自分たちの教えを受け入れない連中はみんな地獄行きだと思っていたりするから)、ときには向こうからも排除する。ジプシー/ロマは、非ロマをはっきり差別し、見下し、好き勝手に利用して搾取しだましてかまわない相手とみている。他にも、それに類する教義を持つ集団もいる。まさに、自分たち以外のその他の連中に対する差別意識こそが、その集団のアイデンティティを支える教えだったりするわけだ。さて、そういう人々に対する「寛容」とはどういうことなのか?

早い話が、本書には登場しないけれど、イスラム国を相手に「寛容」という話は通じるのか? イスラム国を理解すれば、かれらと共存できるだろうか? たぶんそうはいかないだろう。本書に登場する各種集団が、イスラム国のような暴力テロ集団だというのではないよ。でも相当部分は、こいつらとつきあっていくのは、よく言っても面倒そうだなあ、という印象を抱かせるものではある。本当に、寛容になれるのか、そうすべきなのか? 本書は直接そういう問題には触れないけれど、でも読む人がその問題から逃れられるとは思えない。

分厚い本だけれど、別に全体として大きなテーマとかストーリーがある本ではない。自分の興味ある(または知らない)団体についてつまみ食いすればオッケー。通読の必要はまったくない。自分の知らなかったいろいろな組織の中身がわかるという意味では、とても楽しいし「へえ~」度もきわめて高いことはまちがいない。機会があれば、ぜひぜひ。

で、それとは全然関係ない2冊目の本がエリザーロフ『図書館大戦争』河出書房新社)だ。いや、ひょっとしたら関係あるかな? というのもこの小説はまさに、変な教義を報じる怪しいコミュニティの物語ではあるからだ。

図書館大戦争

図書館大戦争

ソ連時代の三流体制派御用作家グロモフの小説には、読者の意識に奇妙な作用を行う不思議な力があった。しかもそれは、コピーではダメだ。1970年代に出版された(そして当時はだれも読まなかった)オリジナルの版でないとダメなのだ。それに気がついた読者たちは、その聖典とも言うべき本を中心とした図書館/読書室を構築し、他の聖典を求めて図書館同士が血みどろの争奪戦を繰り広げる……。

いやあ、数年前に出た本で、出た直後に買ったんだけれどしばらく積ん読にしておいたんだよね。そしてアマゾンのレビューでもあまりいい点数になっていないので、そのままどんどん埋もれていたんだけれど、手を出してみたらむちゃくちゃおもしろい。本の力で覚醒した老人ホーム軍団、初めて本の力に気がついた正 統派図書室軍団と、受けついだ本ごとに得られる力も、その軍団の組成もちがってくる。そしてたまたま叔父からその本を相続したため、少数精鋭のある読書室の司書になってしまった主人公は……。

最初のうちは、本が持つ秘めたる解放の力を描く、ある意味で本の好きなブッキッシュな小説のようにも思える。でもそれだけに、最後の救いのないラストは驚き。すべての「本」の力を得た究極の読者となる主人公は、そこから逃れられない絶望的な存在にされてしまう。本書を読んで否定的な印象を抱いている人の多くは、前半の血みどろバトルは大いに楽しみつつ、この最後の救いのなさに戸惑っているようだ。

でもある意味で、それは本が持つ—あるいはその本が象徴するソ連時代が持つ—閉塞感のあらわれでもある。本の力をあやつる老人たちにより、傀儡となって存続しつづける存在である若者—それを単純にソ連時代への郷愁とみるか、それとも現代ロシアの若い世代が感じている、かなりひねくれた時代認識のあらわれと見るかは、読者次第だ。この連載で紹介した『青い脂』『親衛隊士の日』の作者ソローキンが好きな人ならたぶん気に入ると思う。ただ、ソローキンより書きぶりは軽いものの、根底にあるわだかまりはもっと複雑かもしれない。

なんか今回はどちらもストレートな感想文になった。次回はどんな話になるか……ちょうど『ブレードランナー2049』を見たので、それとからめた話を何かできるかな。ではまた。