Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

被災地復興・移民・神話研究

山形浩生さんによる書評連載の第五回目も、写真集から被災地復興を論じたものまで取り上げる本は多種多様。紹介された主な本は、関満博『地域を豊かにする働き方』ちくまプリマー新書)、初沢亜利『True Feelings』(三栄書房) 、藤巻秀樹『「移民列島」ニッポン』藤原書店)、中牧弘允編『会社神話の経営人類学』東方出版)、飯田泰之『飯田のミクロ』光文社新書)、若田部昌澄『もうダマされないための経済学講義』光文社新書)、畠山雄二『ことばの分析から学ぶ科学的思考法』(大修館書店)、ロレンス・ダレル『ムッシュー』河出書房新社)です!



ぼくはいくつかの媒体で書評を書いているんだけれど、そうなると気になるのが、取り上げる本の重複だ。ぼくといえども、読める本の数は有限だし、その中で紹介したい本は限られている。一押しの本は、あっちでもこっちでも紹介したい……一方で、なるべく多くの本を紹介したい気持ちもあるし、また複数の媒体を見ている人に「あいつ、またネタを使い回してやがる」と思われるのもいやだし。なるべく書き方を変えて、同じ本を扱ってもちがう書評にしたいとは思うんだが。

次の本も、実は別のところで紹介することがほぼ確定している。といっても、メインの扱いではない。関満博『地域を豊かにする働き方』ちくまプリマー新書)。関満博は、東京の大田区をはじめ中国、アジア、その他世界中の中小企業が集積しているエリアへ実際に足を運んで研究し、大くくりな理論ではとらえきれない現場のダイナミズムに常に注目してきたえらい学者だ。個別の企業もさることながら、それが地域の中でネットワークを形成し、多様なニーズや急な変化にもその組み合わせで対応できることが、日本やアジアの新興工業地域の活力を生んでいる、というのが彼の定番の主張だけれど、それを彼は安易な数理モデルなどではない、詳細な現場調査で明らかにしている。

地域を豊かにする働き方―被災地復興から見えてきたこと (ちくまプリマー新書)

地域を豊かにする働き方: 被災地復興から見えてきたこと (ちくまプリマー新書)

彼の今回の本は、東北震災で破壊された東北地方の地域産業とその復興をテーマにしたものだ。そして、それは単に「被災してつらかったけど、みんながんばってます!」みたいなお涙ちょうだいではない。復興というのが、個別企業だけの問題ではなく、地域のネットワーク復活の問題なのだということを指摘し、そし て従来の大企業誘致に頼る地域振興の持つ弱点、さらには被災地が以前から抱えていた過疎、高齢化、交通条件の悪さといった課題への挑戦として、復興の取り組みを考えている。工場が来て、雇用が出ました、原発が来て、補助金が落ちました、という構造自体が不健全なのだ、と。一次産業、二次産業、三次産業の各種産業が組み合わさり付加価値をつける、六次産業化の発想で、地元企業の連携を考えなければ、と。

さらにそれは、単に被災地復興だけの問題にとどまらない。日本そのものが、これから過疎(人口減)と高齢化にさらされる中、日本の今後の産業のあり方にまでヒントを与えてくれるものだ、と関は述べる。

震災復興の状況がわかればいいと思っていたら、たかが新書のくせにあれよあれよと話が広がる驚異的な本で、是非ともおすすめ。これを読んで感動したら—あるいは物足りなかったら—その元となった詳細なインタビュー調査記録『東日本大震災と地域産業復興』I&II新評論)も一読を。被災地も変化が激しいので、最近の展開をとらえたIIから読み始めるほうがいいと思う。

あと、震災復興(またはその困難)をビジュアルに見せる本として、初沢亜利『True Feelings』(三栄書房) をおすすめしておく。震災から一年間、作者が毎月震災の現場に赴いて撮り続けた写真集。震災そのものの写真集なら山ほど出ているけれど、その後の人々の生活、震災の爪痕の中で立ち直り、異様な環境の中で平然と繰り広げられる生活、そしてまさに関満博の本で扱われている地域の状況を見せる写真集は、ありそうなものだけれど実はほとんどないようだ。ましてそれを経時的に追った写真集となると、これが唯一かもしれない(あるのかもしれないけれど、アマゾンの検索では見つからない。とはいえ、「東北 震災 写真集」で検索してみても、この初沢の本もひっかからないので、実はほかにたくさんあるのかも。ご存じなら是非ご一報を)。

ぼくも、たまたま宴会で友人に作者を紹介されなければ決して知ることはなかっただろう。悲惨や日常の停止を強調するでもなく、一方であまりに作られた「普通の日常」を強調するでもなく、異様な出来事の異様な痕跡を残す背景とそこで展開される日常のコントラストが、異様さと日常の両方を強調する。関満博の本に描かれた企業の活動する背景を理解するためにも是非どうぞ。なお作者は東北の被災地以外にも、米軍爆撃後のバグダッド北朝鮮など、奇妙な場所に平然と出入りして、やはり非日常と日常の不思議なコントラストを撮り続けている。

さて、こうした地域産業ネットワークに関する先駆的な……研究というよりは着想を述べているのが、ジェイン・ジェイコブズ『発展する地域 衰退する地域』ちくま学芸文庫)。精緻な研究ではなく、著者の直感をまとめた本で、必ずしも実証的でもなく、また個人的には少し不満もあるんだけれど、ポイントは関満博が主張しているのと同じで、数十年前にそれを直感的につかんでいたのはすごい。彼女は都市計画の分野を理論面でも実践面でもひっくり返した偉大なるアマチュ アだけれど、その直感はこうした分野にも及んでいるという一例。ただ、無理して読む必要はないと思う。関満博の本は無理して読むべし。

ちなみに全然関係ないけど、そうした人口減少、過疎化、外国とのコスト競争による企業流出といった問題に対処する、今後重要になりそうな技術がロボットだと思う。もちろん日本は産業用ロボット大国なんだけれど、いま使われている産業用ロボットは高精度で高速だけれど、うっかり人間が近づくと平気で殴り殺されかねないし、導入しようとすればライン自体を専用のものに改めて、工場自体も拡張が必要になる。ロボット本体とそうした設備改良まで入れれば、億単位の金がかかる。ところが、最近アメリカで出たのが、このRethink Robotics社のロボット、バクスターくん

産業用ロボットだけれど、まったく発想がちがう。小さいし動きも遅く人間よりちょっと速いくらい。でもセンサーがついていて、人間が近くにいると速度を落とし、また顔みたいな液晶画面で自分の状態を人間に伝えられる。つまり、人間と共存できるロボット。プログラミングも簡単でオペレータなしで使える。既存のラインで、人間といっしょに働けるので、ラインの作り直しも不要。そしてお値段なんとたった200万円! 意味なく自宅に導入したくなるお値段。

これを開発したのは、あのお掃除ロボットの雄ルンバの開発者。日本のロボットが、ロボット犬アイボとか二本足アシモとか、鉄腕アトムやドラエモンの形ばかり追求してまるで役に立たない方向に進んだのに対し、ルンバは多少雑でも人間のニーズにあった機能を追求して成功した。産業用ロボットも、案外これからこんな方向に突破口があるんじゃないか。そしてこれがうまくいけば、工場の海外移転にも歯止めがかかるかもしれないし、おもしろい可能性いっぱい。

が、これは本とは全然関係ない話。そして、ロボットと並んでもう一つ、もっと目先で重要なのが、移民の問題。ネトウヨ諸君は、チXンは帰れとか日本人万歳とか口走るけれど、実はいま(そして今後はさらに)日本は移民なしでは成立しない。その移民がどういう暮らしをしているか? それを実地ルポで調べたのが 藤巻秀樹『「移民列島」ニッポン』藤原書店)。

ぼくは(エスニック料理が好きなもんで)日本、特に首都圏の移民街にはそれなりに詳しいつもりだったが、いやあ、知らないうちにいろんなところに移民集積ができているもんだ。西葛西のインド人街は、話には聞いていたけれど、高田馬場ミャンマー人街があるのか! そうした移民たちの生い立ち、日本での不安 と苦労、地元との軋轢と葛藤。そして移民にまつわる政策の動向までおさえて、非常に手堅い。もちろん、基本はいい話になってしまうし、実際はもっと暗い面 もあるんだとは思うけれど、でも少なくとも知る努力……というより、野次馬的でもいいから好奇心は重要で、そこからだんだん接点を見つけていくこともできるはず。いいとか悪いとか抽象的に議論するのもいいけど、その前提として実際に見て知ることは不可欠だ。本書を読むことがその第一歩になるはず。韓流ブー ムよりはもう少し深い話がわかるし。

地域論から少しおりてきて、企業論。アップル社なんかそうだけれど、何かすばらしい理念があってそれをもとにいまの姿があります、といったお話がやたらに出回る。そして情けないことに、多くのビジネス書や評論家、読者は、それを真に受けてあれやこれやと駄法螺をまき散らす。でも、そうした理念だの成長だの社史だのは、基本はお話であり、フィクションだ。それは自分のブランドやアイデンティティを構築するために作られたものであり、その意味で神話といっしょだ。神話って基本、ウソなんですからね。最近、ネトウヨたちのネットでの発言を見ると、天皇を本気で尊敬しなくてはいけないとか思っているようだけれど、 天皇なんてここ千年以上、ほとんど何もしてませんから。

で、それなら企業にまつわるフィクションを、神話形成として分析しようというおもしろい本が日置弘一郎、中牧弘允編『会社神話の経営人類学』東方出版)。国立民族博物館の人たちによる研究で、何の役にも立たなそうな神話研究なんてものが、実は企業研究にも応用できるというのがおもしろい。もちろん、それで何かすごい知見が得られるかといえば、いまのところはそうではない。単にそういうことが可能だというのがおもしろいだけ。でも、三笠会館、近江兄弟社サントリー、あるいは日紡バレー部(東洋の魔女)とかの分析でそうした手法が見事に使えているのには感心。無駄そうな学問でも、公共の費用で飼っておく価値はあるかもしれない、という見本。

もう少し役に立つはずなのが経済学。みんな勉強はしたいと思っているんだけれど、なかなかきちんと勉強できない。でかい分厚いマンキューやクルーグマンの教科書を読めばいいんだけれど、そんな根性もない……という人に、新書が二冊。飯田泰之『飯田のミクロ』と、若田部昌澄『もうダマされないための経済学講義』(いずれも光文社新書)。

前者はミクロだけ。新書だけれど、結構高度で、式もグラフもちゃんと使って解説。でも、そろそろこの水準のがあってもいいと思う。新書だと、安易な例えに頼ってわかった気分にさせるだけのものがあまりに多いので。一方、後者はミクロもマクロもまとめて、経済学的な考え方から実際の政策に関するまで概説。重要なポイントをおさえた講義録で、特に多少知っている人の復習には最適。次期政権が推してくる(とぼくたちリフレ派が心底期待している)期待インフレやリフレ政策についての解説もある。実は自民党の安倍総裁が、日銀法改正まで視野にいれたインフレ目標政策を明確に述べて、いまあちこちの無知な「経済評論家」が、まったくピント外れなインフレ目標政策罵倒を展開しているんだけれど、本書を理解できればそんな妄言には惑わされずにすむはず。

さて、なぜこんなのに手を出したのかさっぱり覚えていないんだけれど、いつの間にか買っていた、畠山雄二『ことばの分析から学ぶ科学的思考法』(大修館書店)。「科学的思考法」というので、ありがちなロジカルシンキングとかその手の本かと思ったら、立派な言語学の本。しかもとっつきにくい生成文法話をきちんと説明してしまい、科学的思考法も確かにちゃんとカバーする。ところどころ中二病っぽい変な脱線もあるが、それも一興。巻末の参考文献紹介の奇妙さ(訳書は、著者名を紹介せずに訳者名を挙げている。へーんなの)はあるけれど、考え方の勉強にはなる。ちなみにチョムスキー的な生成文法の歴史的な生成過程や、なぜそんな発想が生まれたかという話については町田健生成文法がわかる本』研究社出版)がわかりやすい。

そして最後に小説。ぼくの大好きなロレンス・ダレルの最後の大シリーズ、アヴィニョン五重奏の邦訳がついに出た。まずは第1巻の『アヴィニョン五重奏Ⅰ ムッシュー』河出書房新社)。ただ……ダレルをこれまで読んだことのない人に、このシリーズをいきなり勧めるのはどうかな、と思うんだ。やはりダレルの最高傑作シリーズは、アレキサンドリア四重奏の諸作。その第一巻『ジュスティーヌ』河出書房新社)は、異様にナルシスティックな間男の不倫話が、これまた異様な美文で展開される名作。そろそろ寒くなってきたけれど、これを読みながら地中海の日差しを感じてくれれば……。

ではまた次回。