Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

ナチスのオカルト研究所と隕石仏像

前回に続いて、今回もナチス関連書籍を徹底レビュー。ミヒャエル・H・カーター『SS先史遺産研究所アーネンエルベ』(ヒカルランド)、浜本隆志『ナチスと隕石仏像』集英社新書)を取り上げます。どちらもSS(親衛隊)のオカルト的な側面に大きく光を当てる本です。



前回の掲載後、少しツイートを漁っていたら、シュペーアの回想記復刊ですばらしい解説を書いた田野大輔が、レニ・リーフェンシュタールを紹介したテレビ番組かなにかについて、「すごい美人の監督」みたいに紹介するの、このご時世でPC的にどうかと思うし、美貌で仕事を獲得したみたいな誤解を招く」 と述べていたのを見つけたんだけれど、うーん、ぼくは彼女が明らかに美人で得をしていたし、それも含め使えるものはなんでも意識的に使ってのし上がった人だから、決して誤解ではないとは思うんだけどなあ。ヒトラーには媚びを売っても相手にされなかったけど、ゲッベルスにはそれが効いたらしいし。

が、閑話休題シュペーア回想記とはまったく関係なく(ないと思う)、今年になってナチス関連で変な本が出ている。ミヒャエル・H・カーター『SS先史遺産研究所アーネンエルベ ナチスのアーリア帝国構想と狂気の学術』(ヒカルランド)だ。

SS先史遺産研究所アーネンエルベ ナチスのアーリア帝国構想と狂気の学術

SS先史遺産研究所アーネンエルベ

アーネンエルベといえばご存じの通り(と読んで、知ったかぶりのためググってみた皆さんは今頃、得体の知れないアニメなどが大量にヒットして悲鳴をあげていることでしょう。大丈夫、元ネタも派生物も、別に知らなくていいから。知らないほうが健全だから。アーネンエルベとか、ハンス・ヘルビガーとか、知ってるほうがヤバいから!)、ナチス親衛隊配下の怪しいオカルト研究所だ。

本書はその歴史を、だれも知りたくないくらい詳しく(なんせ邦訳800ページ超)研究した唯一無二の研究書となる。いやあ、こんな本の邦訳が出るとは思っておりませんでした、というか、これほどまとまった本が出ていることさえ、そもそも知らなかった。

ナチスの魅力は、表向きのすさまじい合理主義と形式へのこだわりみたいなものと同時に、そのすぐ裏面に隠れているドロドロのオカルト耽溺ぶりにもある。ヒトラーナチスの、アーリア民族至上主義だの(ちなみに最近、これをアーリア人の本流ともいうべきインドの人たちが真に受けて、インドでネオナチがはびこっているそうな)、ゲルマン民族の土着宗教だの、UFOだの地球空洞説だのチベットだの超人だのといった荒唐無稽な話への入れ込みかたは、それなりに有名だ。だからこそ、かの『インディ・ジョーンズ』でもナチスが失われた聖櫃(ロスト・アーク)を探し求めて云々なんていうお話が、おバカな冒険活劇の根拠 になる程度にはもっともらしさを持つ。

前回少し触れた拙訳トゥーズ『ナチス 破壊の経済』にも、チョロチョロとナチスの変な世界観や思想の話が出てきて、それが特にその人種政策と結びついた様子は述べられている。ただそれは、かなり散発的で、いろいろ変なやつも紛れ込んでいたという程度の扱いだった。でも本書を読むと、それが全部つながるのだ。

ヴァルター・ダレの変な農本主義ゲルマン民族が農業を軸に大地との結びつきにより栄え、その力を得てきた、というようなおバカ学説)とナチス農業政策や SS定住圏構想とのつながり、地方都市振興策における古代ゲルマン宗教(と称するもの)のつながり、宇宙の星はすべて氷でできていて、その衝突が各種天変地異を引き起こす、というような宇宙氷説(ホントはもっと発狂しているんだが、とてもここではまとめきれない)と反ユダヤ主義とのつながり。

ナチス 破壊の経済 下――1923-1945

ナチスの破壊経済 下

そして最初は、ヒムラーがどこかでかじってくるインチキ学説を、形ばかり研究しているふりをしつつ、上のえらい研究者が多少はまともな仕事もするような、多少はまともな研究所だったアーネンエルベが、次第に完全に取り込まれ、ゲルマン人の起源を証明するための怪しげな遺産収奪と、ユダヤ人を実験台にした人体実験や人種を証明するための怪しげな骨格測定だのに走り、やがては崩壊を迎える様子を、本書は細かく描き出す。

真面目な研究書だから、もちろんぼくがはしゃいでいるみたいなオカルト学説そのものについては、単なるトンデモとして一蹴し、重点はむしろその組織としての力学。組織拡大の中で、考古学や地質学面で自分たちと(学術的にも政治的にも)対立しかねない他の研究所に対する嫌らしい破壊/吸収工作だの、まともな学者がいないのを何とかしようとして各地大学へ手下を送りこみアカデミズムに浸透しようとした手口、そして最後には、拡大しつつ中身のなさがだんだん見透かされて、やがてSSからもバカにされ、自壊する。また、ヒムラーの肝いりで創設運用されていたナチの御用研究機関ではあるので、それが各時期にどんな要請に応えて各種研究を続けたのかもくわしい。人間を低温状態にしてからお風呂に入れて復活させるというトンデモ人体実験は、飛行機での温度低下への対応策だったのか。知らなかった。

とにかく、さっきも書いた通り、唯一無二の本なのでこの方面(ってどの方面だかよくわからない面はあるが)に少しでも興味ある人は是非読んでほしい。ナチスの裏の顔がものすごい迫力で浮かび上がってくること請け合い。税込み9,900円という壮絶な値段で、おいそれと買える本ではないながら、図書館でもなんでも活用してほしい。

ただ……やはりオカルト学説そのものについては軽いのがちょっと残念。あと、地球空洞説はないの?(ないらしい。古代ゲルマン民族を裏付けようとする考古学調査のための洞窟調査が何やら歪んだ模様) チベットも、こんな軽い話なんですか? 著者および監訳者は、こういうおちゃらけたオカルトマニアの関心に、かなり批判的。すいませんねえ。とはいえ、監訳者は口先ではあれこれ言いつつ、一方で ジョジョ談義や『ムー』/『アイアン・スカイ』的な扱いについてもまんざらではない模様。彼のインタビューがこちらに載っていて、本書を読むにあたっても参考になるのでご覧あれ。

ちなみにこの本の出版社は、本書ともう一冊を除いて完全にアチラ方面の御本(飛鳥昭雄とか)やトンデモビリーバー本ばかり出していて、うーん。が、それがこうした良書の出版につながるのであれば……。ついでに、勘違いしてこれを読もうとする人も出てくるかもしれないし。

ただ、やはり無責任な野次馬としては、怪しいオカルト主題のトンデモ話こそが主たる関心。いずれ、このアーネンエルベについても、組織面よりは研究テーマごとに活動をまとめた本とかも読みたい気はする。

その望みを少しかなえてくれるのが、監訳者の解説でも言及されている浜本隆志『ナチスと隕石仏像 SSチベット探検隊とアーリア神話』集英社新書)。ナチス——それもまさにこのアーネンエルベ——が、アーリア民族ルーツの調査のためにチベットに調査団を派遣し、隕石製の「仏像」(下の書影の表紙に載った代物) を持ち帰ってきた、という話を皮切りに、その仏像の正体 (ぼくたちが見れば明らかに仏像ではないよねえ) から、ナチス、特にヒムラーの変な世界観の解説をまとめた本となる。

ナチスチベットネタは、その手の陰謀論の世界だとかなり壮絶なので、そっち方面がたっぷり入ったトンデモな本かと期待——もとい危惧していたけれど、『SS先史遺産研究所アーネンエルベ』も きちんと原書で参照していて、かなりまともな本。アマゾンのレビューでは、そのテーマとなる仏像の正体についてまじめな論争が始まっているのも楽しい。後半はナチスの変なオカルト活動全般の解説になっていて、とても有益。新書で手も出しやすいし、アーネンエルベ本の税込み9900円の価格にビビった人は、 まずこちらから入るとよいかも。

ナチスと隕石仏像 SSチベット探検隊とアーリア神話 (集英社新書)

ナチスと隕石仏像

それにしても、そもそもなんでぼくがアーネンエルベなんてものを知っていたかというと、1982年刊行の『パピエ・コレ』という発狂した雑誌があって、その創刊号のナチズム特集で、わざわざ重要組織として紹介されていたから。トゥーレ協会とかアルターマンスとかレーベンスボルンとか、その他ナチスがらみの ろくでもないものを知っているのも、この雑誌のおかげではある(前にも言ったけど、全然知らなくていいですからね!)。よくまあ1982年にそんなネタ を……。ぼくも、数十年後にそんな話を自分が覚えていたこと自体に驚愕したけれど。

名雑誌パピエ・コレ。「4号で潔くスパッと廃刊する!」と大見得を切りつつ、40年後の今も4号目は未刊。今年こそは……(ないって)。創刊号ナチズム特集は売れたそうで2バージョンある。

(蛇足ながら、この雑誌もシュペーアについては、才能豊かで、自己弁護を一切しなかった、戦後ドイツ復興の父にして、ナチス高官で最も高潔な人物と紹介している。1980年代頭はそれがスタンダードだったんだろうね。)

ついでながら、近年のゲーム/アニメのネタにアーネンエルベを持ち出してきたヤツはだれ? 『ヴァリス』OVA (じゃなくてゲームとコミックか。失敬) になっていたときにもひっくり返ったけれど、日本アニメなどへのこういうオカルトネタの浸透は、それ自体がいずれ研究に値する……ような気がしなくもない。

さすがにナチスの話はこれで打ち止め。本当は、まったく脈絡なしに鶯谷沖縄の風俗地域ルポみたいなのも扱う予定だったけど、これは次回まわし。たぶん重慶大厦の本といっしょにしたほうがおさまりもいいだろうし。ではまた次回!