Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

イスラム国・テロ・経済的可能性

今回の「新・山形月報!」は、池内恵『イスラーム国の衝撃』(文春新書)を徹底紹介。また、宮田律『アメリカはイスラム国に勝てない』PHP新書)、内藤正典『イスラム戦争』集英社新書)、ロレッタ・ナポリオーニ『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』文藝春秋)、吉岡明子・山尾大編『「イスラーム国」の脅威とイラク』岩波書店)といった、他のISIL 関連書籍もレビューし、最後にはイグナシオ・パラシオス=ウエルタ編『経済学者、未来を語る』NTT出版)にも触れます。ご一読ください。



かなり手遅れですが、英語の成句でも better late than never —いつまでもやらないよりは、遅くなってもやるほうがいい—と申します。あけましておめでとうございます。

ご存じかと思うけれど、昨年暮れからこの正月にかけて、異様なピケティブームがいまだ続いている。1月最終週はピケティ本人の来日もあるので、たぶんいまがブームのピークではないかと。あらゆるメディアがネコも杓子もピケティ特集で、ぼくもしょっちゅうお座敷がかかるけれど、あちこちで同じ事しか言ってないのでちょっと心苦しい部分はある。「また同じこと言ってらぁ」と思っても、堪忍して下さいませ。同じ本について似たような質問をされて、そうそうちがう話ができるほど器用ではないもので。

さて、そんなことがあったのと、前回予 告したロレンス・ダレルアヴィニョン五重奏』(河出書房新社、1~5)の通読に時間をとられて(あと育児は手間暇がやたらにかかる)、なかなか他の本が読めなかった……ところで起きたのが、かのイスラム国 (ISIS/ISIL)の人質事件。そして、ちょうど ISIL をめぐるいろんな本が次々に出てきたところでもある。今回はそれらの本をあれこれ見てみるけれど、結論から言えば読むべき本は一冊だけ。池内恵『イスラーム国の衝撃』(文春新書)。これだけです。

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

池内恵『イスラーム国の衝撃』(文春新書)

もちろん、ぼくはそれまでも ISILには関心はあった。なんといっても、昨年の国際情勢の中で、ISIL は最も異様な存在感を放ったし、通常の常識をあっさり蹴倒す代物だったんだから。国ではないくせに国らしい機能を持ち、そこらの烏合の衆のテロ組織とは比 べものにならない軍事力も持ち、そのくせ近代国家らしい体裁もなく、その枠内に収まろうとすらしないし、国際法的な国の要件などもまるっきり無視している。なのに、国ではないにしても何かしら実権を持った存在として多くの人が認めざるを得ない規模と力を持っていて……しかもそれが、ほんの数ヵ月であれよあれよと台頭してきたとは……。

これがどこか一地方の小さな組織というならまだわかる。一部のカルト集団や地方豪族的なまとまりが非常に閉鎖的で独立した存在として、しばらく存続するのはよくあることだから。でも、ISIL はそんな規模ではない。これは一体何なの? どうやって生まれてきたの? なぜ持続できているの? これは、日本のレベルの低い雑誌記事などでは決してわからない話だった。そのすべてを、池内恵『イスラーム国の衝撃』は、実に簡潔かつ網羅的・総合的に示してくれる。

著者の池内恵は、イスラム政治思想と中東現代政治史の研究者として非常に有能な人物だった。変な反米思想や反近代思想に冒された多くの中東学者やイスラム研究者とは一線を画す優れた研究を続けてきたけれど、それ故にかなりの反発も受けてきたらしい。でも、既存の中東学者やイスラム研究者は、今回の ISIL の台頭に対して何もまともなことが言えなかった。それは、まさにこの池内の1つの研究分野の接点に生じた希有な現象だった。

実はぼくは偶然、昨年秋にこの ISIL をめぐり池内と対談する機会に恵まれた。それは、自分なりに片手間に調べていてもまったくわからなかった様々なモヤモヤが、一気に晴れる啓蒙的な体験だった。それを是非多くの人に味わっていただきたく、その対談(というかぼくが一方的に話を聞いているだけだが)の中身をウェブでも読めるようにしたので是非ご覧あれ。そして今年になってISISによる邦人人質をめぐる事件が生じ、そのごたごたの最中に本書が登場してきたというわけだ。

短い新書ながら、ここにはあの対談の際に感じたモヤモヤの晴れる感覚のすべてが詰まっている。ISIL のイスラム教における位置づけ。アルカイダとの関係。アラブの春と呼ばれる政変が ISIL のような組織の台頭に道筋を拓いた経緯。そのメディア戦略や外国人志願者の実態。ISIL の台頭はもちろん、ある種の歴史的偶然によるものだ。でも、その偶然を ISIL はきわめて周到に利用し、イスラムの教義、現代政治の空白、各種の政変と若者たちの現代社会への失望や夢想を見事に動員して自らを成立させた。本書はそれ を見事に描き出す。そして何より、なぜこの組織が始末に負えず、ぼくたちにとっても難問なのかを簡潔に明らかにしてくれる。

すごい。ぼくは今回の書評で、1人でも多くの人がこの本を読んでくれれば、それで満足。たぶん ISIL について、他の本は一切不要だろう……とは書いたものの、ひょっとしたら他にもいい本があるかもしれない。別の視点も知っておいたほうがいいかもしれな い。そう思って、同時期に出てきた ISIL 関連の本をいくつか見てみたんだが……ひどい。ここまでレベルの低い本ばかりとは。

まず、宮田律『アメリカはイスラム国に勝てない』PHP新書)。この本は基本的に、すべてアメリカが悪い、というスタンスに立っている。ISIL の背景となった現地の政治や社会的な動向を説明しているときですら、その根底にはとにかくアメリカの介入があったというほうに話をもっていくので、とても見通しが悪い。

たとえば、ISIL は米軍がイラクから撤収したところへ拡大してきた。だから、アメリカが撤収するべきではなかった、アメリカがずっと駐留していればよかった、という考え方がある。ところが、この著者はそもそも米軍がいなければいけない状況を作ったのはアメリカのイラク侵攻だから云々、よってアメリカが悪い、と述べる。アメリカはイスラエルを支援している、それが中東世界の不満を招いてISIL 拡大に貢献している、だからアメリカがイスラエル支援をやめてガザ入植をやめさせればISIL 問題は解決するって……そんな馬鹿な。アメリカのこの地での活動が、確かに ISIL 拡大にある種の役割を果たしたのは事実だけれど、じゃあアメリカが手を引けばすべて解決、という段階はすでに過ぎている。もちろん、アメリカと ISIL の関係に注目した本だから、そうなってしまったのかもしれない。でも、アメリカとの関係を語るだけでは、現在はおろかおそらく昨年の秋時点ですら不十分だったんじゃないか。おかげでいまや、 ISIL を口実に反米を口にしたいだけにも見えてしまう。

お次は、内藤正典『イスラム戦争』(集 英社新書)。これはさらにひどい代物。イスラム教徒は平和を愛する、イスラムは女性の権利を守る、タリバンとだって(個人レベルでは)仲良くできた、武力では何も解決しない、民衆の自律的な力を、対話を進めなければ、9条の思想を伝えなければ、という目を覆うしかないお花畑。帯で内田樹が推薦しているのを見て、嫌な予感はしたんだが、ここまで無内容な代物だとは思わなかった。ISIL にはせ参じる志願兵どもも、暴力的に思えるんだけれど、実はそれによって心の平安を得ているのだ(だから ISIL だって実は平和的なんだということらしい)という主張にいたっては、正気の沙汰とは思えない。ISIL だけ見てイスラム全否定になっちゃいけないのは事実だけれど、それはイスラムだからすべていいということにはならんのだ。見る価値なし。

そしてロレッタ・ナポリオーニ『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』文藝春秋)。これは、ほとんど犯罪的とすらいえる本で、基本的にイスラム国万歳を述べる本なのだ。内容以前に、売る手口がちょっとあざとい。「池上彰渾身の解説」と帯にあるので、少なくとも20-30ページくらいの解説を池上彰がつけているのかと思ったら……たった4ページ! しかも書かれているのは、感想文! 何の解説にもなっていない。本当にこれが渾身なら池上彰は無能だし、そうでないならひどい誇大広告。釣られて買ってしまった人は本当にお気の毒。

そして本の中身は、今も述べた通りなんとイスラム国万歳、ISIL は新しい国家を目指している、イスラムにとってのイスラエル樹立に等しい快挙だ、実はきわめて優れた国家体制を持っており、財務諸表も作っていて、異教徒にも慈悲深く、もともと近代化を目指そうとしていたのに欧米によって邪魔されたイスラムの宿願を果たすものなんだという。

実はぼくは、この人の前著『マオノミクス』原書房)を読んで酷評したことがある。 彼女は欧米の資本主義が嫌いで、それを罵倒したいがために、中国はすばらしい、中国の民主主義は西洋より優れている、中国は地下鉄を作っているから国民に優しい、中国の都市は活気があってすごい、それにひきかえ欧米は活力もなく頽廃して、とバカみたいな妄想を並べただけの本だった。そして本書も、欧米が嫌いなばかりに、ISIL をやたらにまつりあげて、何やら西洋とはちがう新しい秩序のもとに生まれた新時代の社会統治構造だとまつりあげる。基本、この人、西洋文明が嫌いなイタリア左翼で、本書もそういうトーンが色濃い。経歴を見ると、対テロコンサルタントの肩書きを持つらしいんだが、本当かよ。前の本だと、特にそれが専門だとい うことにはなってなかったようだけど? 少なくとも本書は、ちっとも「対」テロになっておらず、むしろテロ組織に肩入れしてるじゃないか! これを読んで ISIL に参加したくなる馬鹿が増えないことを祈るばかり。

あとこれは読みかけだが、吉岡明子・山尾大編『「イスラーム国」の脅威とイラク』岩波書店)は論文集。論者それぞれがきわめて狭い範囲にしか注目しておらず、ごく最近のあまりに細かいできごとを羅列した論文も多く、研究としてはそれが重要なのはわかるけど、全体像を得るには不向き。

ということで、最後の論文集は別として、どれを取っても、個別領域でも総合性でも、池内恵の本を上回るどころか比肩するものすらないという惨状。ちょっとひどいんじゃないか。どの本も、たぶん昨年秋くらいに企画が持ち上がって書かれたものなんだろうと思う。そして当時の状況では、ISIL が日本に直接関わりをもつ状況はあまり考えられなかった。だから、まともに ISIL を考えたりしなくても、それをダシに使って反米とか9条万歳とか、目先の変わったところでイスラム国スゲー、近代の超越だと騒いで見せると、なんか遠いところの出来事をネタに他人事っぽくかっこいいこと(ついでに現政権批判)が言えると思ったんだろう。でも、実際にそれが目前にやってきて、多くの人にとってそれがもはや遠い変なところのできごとではなくなったとき—そういうスタンスはもはや説得力を失って、きちんと ISIL を宗教的にも政治的にも分析できた池内の本だけが、まともなリアリティを持ち得ていた、ということなんだと思う。

他にも ISIL についての本は出ているので、たまたまぼくが手に取った本がダメだったというだけかもしれない。さらにむろん、ぼくとちがう立場の人もいるだろう。今回の人質事件でも、それをダシに安倍政権批判をするだけの愚かな論者がたくさん出てきた。とにかく反米、とにかく9条、という人は、ぼくがここで罵倒した本に魅力を感じるかもしれない。でも、ぼくはそれはまちがっていると思うし、また多くの人も今、そういう論者に違和感を覚えると思うのだ。しかし、あてになる人が本当に1人しかいないというのは、本当にがっかり。そして、その池内の本を読んでも、状況がいかに錯綜していて、イスラムという宗教の本質にまでかかわる話なのかというのが如実にわかるだけで、出口が見えない……。

これでは暗くなるばかりなので、毛色のちがう別の本を紹介して終わろう。イグナシオ・パラシオス=ウエルタ編『経済学者、未来を語る』NTT出版)だ。これは、ケインズが100年前に書いた「わが孫たちの経済的可能性」というエッセイにインスパイアされて、いまの一線級の経済学者たちが今後の 100年を予想した本だ。ケインズは、100年後には生産性がどんどんあがって、みんな1日3時間くらいしか働かない豊かな余暇社会が出現すると思ってい たんだけれど、そうはなっていない。そしていまの経済学者たちが予想する100年は、むしろ現在の問題がどのように続くか、あるいはどんな新しい問題が出て来るか、といった視点のものになってはいる。それでも、どれも真剣ながら非常にポジティブに未来の世界をとらえている。経済学者たちが描くこうした未来 像の中で、イスラム国みたいな存在がどう位置づけられるのか考えてみるのはおもしろいんじゃないかな。

経済学者、未来を語る: 新「わが孫たちの経済的可能性」


パラシオス=ウェルタ編『経済学者、未来を語る』(NTT出版)

今回はこんなところ。次回までに『アヴィニョン五重奏』が読み終わるかどうか……。よく考えたら、ここで予告した本をまともに読み終わったことって、いままでほとんどないんだよね。次回はまたまったく別の本を読んでいるかも。ではまた。