Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

五月病・ファインマン・マインドコントロール

今回の「新・山形月報!」は、新入生・新入社員の皆さんには特に必読ですよー。紹介された本は、石村貞夫・石村友次郎『入門はじめての時系列分析』(東京図書)、松原望『松原望の確率過程超!入門』(東京図書)、Sau Sheong Chang『RとRubyによるデータ解析入門』オライリージャパン)、珍建築研究所『奇形建築物世界遺産100』(扶桑社)、アレックス(サンディ)・ペントランド『正直シグナル』みすず書房)、ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器』『影響力の武器実践編』(ともに誠信書房)、スティーヴン・ハッサン『マインド・コントロールの恐怖』(恒友出版)などです。



ゴールデンウィーク前には、と思いましたが突入してしまいましたよ。すみません。ゴールデンウィークあたりは大学生でも新入社員でも(そしてロートル社員でも)五月病の発端ではある。「あたしは一体何のためにがんばってきたのかしら……」なんて思いにかられて、ホケーッとなってしまい、というわけ。

まあ大学生は、ホケーッとするのも一興。あとから考えればもったいないことをしたと思うけれど、でも人生ある程度後悔がないと伸びませんので。でもときどき一歩下がって、自分はこれでいいのか考えてくださいね。

その一方で、就職した人たちは2つに分かれて、ヘコヘコ頭下げたり議事録作ったりコピーしたり経費処理したりで、オレはこんなことをするために一生懸命シューカツとやらをしたのか、と脱力感にかられる人と、自分が全然能力不足で役立たずだと絶望感にかられる人とがだんだん分離してくるんじゃないかな。

前者の人は、変に思い上がって自分の仕事をバカにするようになり、ノマドとかCSRとか口走る道にいかなければ(そして一方で会社ボーグの泥沼に取り込まれなければ)、その脱力感を有益な方法に向ける道もあると思うんだ。で、後者の人は、たぶんいまこそ少しでも勉強するときじゃないかと思う。

特に、数学とか統計分析とかは、いまこそやるべきだと思うんだ。意識の高い学生とかはすぐに英会話とかに走るんだが、語学は一朝一夕ではいかない。時間もかかるし根気もいる。でも会社で使うくらいの数学や統計なんて、集中してやれば3日でかなりのところまで行く。

いやそれどころか、数学や統計分析は、学生時代より就職してからとかのほうが学習しやすいんじゃないかとぼくは思っている。なぜかというと……就職したら、仕事で分析しなくてはいけないデータがあるから。学生の頃は先生に言われて、日本のGDP水準と自殺件数の相関についてレポートを書けとか言われるけれど、興味がなければ単に面倒でうっとうしいだけ。この仮説は棄却されるかどうかなんて、好きにしろよと思ってしまう。自分の興味とはまったく関係ないもの。数学とか統計とかのお勉強でいちばんネックになるのは、なぜそんな分析をせにゃならんの、という切実さが自分にはないということなのだ。

でも、就職したら分析する必要のあるデータが目の前にある。売り上げが伸びないといって部長が目をつり上げて怒鳴りにくる。客先の業績見通しも考えないと。さてどうする? まずこの10年くらいの平均を取るかなあ。でも、それがずっと続く保証はないし、今後売り上げが伸びると言いたいんだから……じゃあグラフにしてみて、一次回帰でもしてみるか。おお、なんかそれらしいぞ。え、r2が低すぎと言われたけど、何それ? あと、営業コストかければ売り上げ増えることを示したいんだけど……うーん、でも昔のデータ見ると、すぐには増えないなあ。月次データだと、営業費用入れて半年くらいで売り上げも増えるようだし、でも他の要因もありそうで云々云々。

そういうのがあって、はじめていろんなデータ分析の意味も出てくるし、あれをやってみよう、これはどうだ、というように勉強する意味も出てくる。そして、ちょっとでもやれば、他人が何をやっているかもわかる。ビッグデータとか最近話題だけれど、基本やってるのは大してむずかしいことじゃない。それがわかるようになるのに、3日。まあ、一次関数のグラフもわからないとなると、もう少し時間はいるけれど。

前回、そういうことで尾山大輔・安田洋祐編著『経済学で出る数学』日本評論社)を紹介したけれど、あれも後半だとちょっとむずかしい。説明した本はいっぱいあるけれど、最近見た中では石村貞夫・石村友次郎『入門はじめての時系列分析』(東京図書)あたり、理屈と同時にそれをエクセルでどう解くか解説してくれていて、たぶんすぐに役にたつ。前回も書いたけれど、読んでいるだけじゃダメ。自分で手を動かしてください。使ってください。

入門はじめての時系列分析

入門はじめての時系列分析

あと、確率っぽい話だと、松原望『松原望の確率過程超!入門』(東京図書)の半分もやっておけば十分。そこまでわかれば、後は何が必要か自分で判断できるようになる。ちょっと高度なことをやりたい人は、先日出たSau Sheong Chang『RとRubyによるデータ解析入門』オライリージャパン)あたり勉強になりそう。邦訳者たちがかなり加筆までしてわかりやすくしてくれている。ぼくも少し勉強して仕事に使ってみようっと。

それと五月病の大学生どもには、言っても無駄だとは思うけれど、いま突然わからなくなった数学とかの授業も、これまでの受験勉強とまったく同じやり方で解決できる。というか、それしかない。山形浩生なんていうインチキなやつが言っても信じられないかもしれないけれど、天下のリチャード・ファインマンですら そう言っている。ファインマン、ゴットリーブ、レイトン『ファインマン流物理がわかるコツ』岩波書店)を読みなさい。単語カードみたいなので微分方程式を直感的に解く練習をしろって。

大学に入ると、突然イプシロンデルタとか得たいの知れない数学が出てきて、しかもおえらい学者さんたちが「もう高校の受験数学は卒業して高木貞治『解析概論』を読みなさい」とかいうダメダメなおすすめするので、それを真に受けてなおさら泥沼にはまる。ぼくもこれで失敗して、未だに歯がみしている。でも受験勉強は無敵です。高尚な本はほっておいて、マセマ出版のキャンパスゼミシリーズで、練習問題たくさん解いてください。ぼくもふと40歳過ぎて、大学時代にわけわかんなかったイプシロン-デルタをこれで制覇しました。

とはいえ、勉強ばっかするのもアレです。無為に旅行などして時間をつぶすのもこれまた楽しいこと。でも普通の観光旅行では飽き足らないあなた、変な建物が好きなあなた。珍建築研究所『奇形建築物世界遺産100』(扶桑社)を是非どうぞ。いやあ、ここまでバカな建築があるとは。読んでいてニヤニヤ笑い必至。アイアンマンの基地もありますです。単純にバカなだけでなく、 一部は立派な建築家による名建築とされるものもあるんだが、やっぱ変なものは変だ。ぼくも実物見たのはせいぜい1/4くらい。ウェブに掲載されて、一時は 『サイゾー』にも連載されていた「ばかけんちく探偵団」の世界版といえばおわかりかな。

奇形建築物世界遺産100

奇形建築物世界遺産100

あと、新しい組織に入って悩むのは人間関係。人付き合いの本とかたくさんあるけれど、インチキなものも多い(というかお手軽なやつはほとんど見るに堪えない駄本ばかり)。でも、面倒でも宴会したり無理にでも人と顔をあわせるようにしたほうがいいとは思うよ。アレックス(サンディ)・ペントランド『正直シグナル』(み すず書房)は、非言語的なコミュニケーションの持つ重要性について、きちんとした研究成果をもとにまとめた本。その話から、ネットワーク知性へと議論を展開するのは実に楽しいとともに、たぶん人付き合いを苦手とするあなたにもいろいろ示唆的だと思う。多少のおっくうさを乗り越えて、人と話すようにしましょ う。

その一方で、むろん他人とのつきあいにはリスクも伴う。それはコインの両面なので、片方だけというわけにはいかないのだけれど。それを理解するには、ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器』『影響力の武器実践編』(ともに誠信書房)を是非。前者は、人をだますいろんな手口の紹介。たぶん、読者の誰しも絶対に思い当たることがある手口ばかりだと思う。後者は、それを使って成果を出すやりかた。個人的には後者みたいな本はイマイチ好きじゃないんだが、でも役に立つこともあるかもしれない。

人付き合いのリスクとして最大のものの一つは、やはり洗脳されてカルトに入ってしまったりするパターン。そういう人たちがいること、そしてそのやり口はよく知っておくべき。特に芸能人系で脱洗脳とかいってテレビに出てくる人物はたいがい当人がペテン師なので見向きもしてはいけないけれど、スティーヴン・ ハッサン『マインド・コントロールの恐怖』(恒 友出版)……はもう絶版なのか! でも中古で安く手に入るようだし、ざっと見ておいて損はない。特に、自分の知力や精神力に過剰な自信をもって「論破してやる」とか「オレは大丈夫」と思って安易に接触するやつが一番のカモだ、というのは重要。自分を過信してはいけません。自分の弱さを理解をしないと。

でも、そういうマインドコントロールに対する最大の武器の一つも、他人とのつきあいの多さにより人間的なバランスを保つことだったりする。ということで、用心する一方で心を開いてなるべくつきあいの幅を広げてくださいな。ではまた。