Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

中国の経済援助、ニコラ・テスラ、ミジンコ

今回取り上げる本もたっぷりです。平野克己『経済大陸アフリカ』中公新書)、野村総合研究所『BoPビジネス戦略』東洋経済新報社)、下村恭民、大橋英夫+日本国際問題研究所『中国の対外援助』日本経済評論社)、ニコラ・テスラ『ニコラ・テスラ 秘密の告白』(成甲書房)、ジョゼフ・ギース『大聖堂・製鉄・水車』講談社学術文庫)、坂田明『私説 ミジンコ大全』晶文社)、本郷儀人『カブトムシとクワガタの最新科学』メディアファクトリー新書)、島野智之『ダニ・マニア』八坂書房)、足立則夫『ナメクジの言い分』(岩波科学ライブラリー)、アンナ・カヴァン『アサイラム・ピース』国書刊行会)などが論じられてます!



『クラウド・アトラス』河出書房新社、上下)を読み終えるつもりがまったく進まず! そろそろ年度末なので仕事もだんだん詰まってきたし、3月刊行の訳書の仕上げとか解説とか……。

そんな中で、仕事にも関係あって手に取ったのが平野克己『経済大陸アフリカ』中公新書)。献本されたんだけれど、一見してすぐに本屋でまとめて買って社内の連中に配った。で、ちょっと今回は本よりも仕事の話になってしまうけれど、お許しを。

アフリカはいまや、世界に残された数少ないフロンティアの一つで、これまで何をやっても停滞を続けてきたのに、ここ5年ほど少し調子がよく、安定した経済 成長を示している。天然資源もあるし、いままでは面倒そうなので放置されていたけれど、たぶん探せばもっと出てくる。一方で、これまでは少し経済が安定し たように見えると、すぐに内戦だの変な独裁者だのが登場してせっかくの成果がめちゃくちゃになることがあまりに多かった。

ジンバブエなんて、いまはハイパーインフレの破綻国家と思われているけれど、でも2000年代頭はものすごく好調だったんだよ。それがある日、いきなり大 統領が変なことを言い始めて、あっという間に転落(ちなみに自国通貨を廃止してるので、いまはハイパーインフレではありません)。でも今度こそは……とみ んながアフリカに期待しているんだけれど、本当のところはどうなのかを、非常にコンパクトながらも厳しく、でも希望を失わずにまとめているのがこの本だ。

経済大陸アフリカ (中公新書)

経済大陸アフリカ (中公新書)

そしてそこで大きな役割を果たしているのが中国の援助。中国が援助しているからアフリカが発展している、というわけではない。でも中国は、援助もやり、そ れに伴う金融もやり、貿易もいっしょにやる。援助で発電所や道路を造ると、そこに中国企業が建設や機器納入で入ってきて、それに中国の金融機関がお金をつ け、さらに労働者も中国人が大量に入ってきて、それに関連するビジネスもやり、さらに貸したお金の返済は資源にツバをつけつつ行い、という具合。

先進国は、こういう紐付きの援助はなるべくしないことにしている。それを野放図に認めてしまうと、地元の汚職政治家と癒着して、要りもしない施設をたくさ ん国民の税金で作ったりするようになるから。でも、援助だけではなかなか発展しない。それを使ったお金の流れをたくさん作らないとダメだ、というのも事 実。とはいうものの、アフリカもなかなか奥が深くてこれまでの援助が失敗してきたいろんな理由がある。根深い民族抗争とか政治的なアレとかこれとか。いま や中国の援助もそういうところにぶつかりつつあってだんだんアフリカの泥沼にはまっているとのこと。うひひひ、それは楽しみ。

そして中国以外にも、アフリカにおけるいろんな開発トピックがうまくまとまっている。資源、BoPビジネス等々。新書のくせにここまで詰め込めるとは感 心。アフリカにちょっとでも関心があれば是非どうぞ。アルジェリアのプラント襲撃も、まさに本書で指摘されている資源をめぐるゆがみと根深いアフリカの構 造問題の合わせ技だ。

ちなみにBoPビジネスというのは、いままで客にならないと思われていた貧乏人も工夫次第で顧客になるし、かえってそうした人々を念頭においた商品開発を すると、底辺以上の人たち相手でもちゃんと商売になるよ、という発想。多少手前味噌になるけれど、ぼくの勤め先の連中が書いた野村総合研究所『BoPビジネス戦略』東洋経済新報社)はそれなりにポイントはまとまっている。

で、さっき出てきた中国の話に注目したのが下村恭民、大橋英夫+日本国際問題研究所『中国の対外援助』日本経済評論社)。これはかなり専門的ではある。でも貴重な本。なぜかというと、中国の援助って現場にいても中身がわからないのだ。いったい中国はどういう条件で資金を貸し付けたりしているのか? 聞いても、秘密だからといって教えてくれないのだ。

噂はある。日本などのODAは、利息をつけて貸す場合ですら、金利1%で据え置き10年とか、ものすごい低金利で貸す。でも中国は結構高いという。そし て、建設業者は「中国企業を使え」とか「設備は中国製ね」なんて、結構あこぎなことを言うし、契約を結んだあとで「やっぱりできないから条件変えろ」なん てこともあるらしい。

それでも途上国が中国に頼りたがるのは、日本などの先進国や世界銀行は、本当にそれが役に立つかをちゃんと調査しろとか、環境への影響を重視しろとか住民 移転に気を遣えとか人権に配慮しろとか女性の地位向上にも役立てろとか、うるさいことをいろいろ言うのに、中国はそんなこと一切気にしないで即決だから だ、と言われる。ちなみに、先進国機関がいろいろ調査してお膳立てして何から何までやって、「あとはお願いだから環境アセスだけやってね」というところ で、横から中国が入ってきて油揚げをさらわれる例もちらほら。

こう言うと、だったら日本もそうすればいいじゃないか、中国に負けてなるものか、と血気にはやる人も多いんだが、でもそういう人に限って、ちょっとプロ ジェクトがトラブルにあったり、無駄だと言われたりすると、自分の以前の発言なんか忘れて、「援助はもっとよく吟味しろ」とか吠え始めるのだ。

たとえばガーナの首都アクラの新都心には、ものすごい文化センターなるものが中国の援助でできている。しかし、ほとんど活用されていない。また、アフリカ カップ(ワールドカップのアフリカ版)がガーナで開催されたときには、ガーナ各地にすさまじいサッカースタジアムをぼこぼこ作った(結構デザインも凝って いて、みんな北京オリンピックで採用されなかった代物を流用しているんだろうと陰口をたたいていた)。でも終わったらどうするんだろう、使い道ないぞ、と 思っていたら案の定すべて開店休業状態。元サッカー選手の中田英寿がガーナで子どもたちと交流、なんてときに使ったりするくらい。たぶん建設費も返さな きゃだし、維持費もかかるし、ガーナとしてはおそらく負担が増えたばかりでいいことなかったと思うんだけど……。

日本だとそんな援助はやらない。でも中国は、ときの為政者が自分のポイント稼ぎにスタジアム作りたいと言ったら、作る。後先考えずにやる。そしてそれはまさにさっきの『経済大陸アフリカ』が指摘していた、アフリカの根深い問題そのものだったりする。

本書は、そういう議論の多い中国の対外援助について、包括的な分析と紹介をしてくれた貴重な本。ぼくのような、開発援助畑の人間には実におもしろい。そし て中国も、無茶はやりつつもいろいろやけどもして、だんだん先進国と同じような援助の方向性に近づきつつある、という指摘はおもしろいし、『経済大陸アフリカ』の指摘とも一貫性を持っている。あと10年くらいすれば、他の援助機関と話し合いくらいはしてくれるかなあ。

やたらにアフリカと中国の話ばかりでページを使ってしまった。今回、予想外のところで見つけておもしろかったのは、ニコラ・テスラ『ニコラ・テスラ 秘密の告白』(成 甲書房)だ。これ、本屋のトンデモ本のコーナーに並んでいることが多いと思う。ニコラ・テスラは、世間的なマッドサイエンティストのイメージそのものとで も言おうか。怪しい発明家なんだけれど、その発想の天才ぶりととんでもないスケール、そしてエジソンなどともめて比較的不遇だった人生もあって、トンデモ 陰謀論系の人に信奉者が多い。

ニコラ・テスラ 秘密の告白 世界システム=私の履歴書 フリーエネルギー=真空中の宇宙

ニコラ・テスラ 秘密の告白
世界システム=私の履歴書
フリーエネルギー=真空中の宇宙

この『ニコラ・テスラ 秘密の告白』は、 彼の自伝と、そしてエネルギーに関する彼の考察を一冊にまとめた本。でも、怪しい眉唾なイメージを持って読み始めると、すごくまともで驚かされる。自然エ ネルギーに対する厳しい評価とか、いまでも問題なく通用するものだ。そして、世界の問題の技術的な開発に対する懐疑的な見方とか、非常に堅実な人だったこ とがよくわかる。もちろん、子供時代のエピソードを見ると、明らかに傑出した神童だったのは明らかだけれど、それで変な妄想に走ったりはしていない……と いいつつ全地球空中送電システムとか、本気かよ、という感じだけれど。

まあ世の中そんな派手な発明ばかりではないんだけれど、でもやっぱり文明はいろんな発明とともに動く。かつてヨーロッパの中世というのは暗黒時代で、ロー マ時代の技術成果が破壊されて停滞するばかりだったと思われていたけれど、実はその中世もいろんな発明があって、それにより世界は進歩していました、とい うのがジョゼフ・ギース『大聖堂・製鉄・水車』講談社学術文庫)。その発明というのは、いまから見れば本当にくだらないもの。

たとえばウシや馬に農機具をひかせるとき、首につなぐと息がつまるのであまり仕事ができない。でも、胸で引っ張るようにすればずっと重労働をさせられる。 その程度のくだらない技術革新でも、昔は一世紀がかりだ。でも、そういうつまらない発明はたくさんあり、それで中世はかなり技術発展が見られた、という 話。世間を変えるのは本当につまらないアイデアなのだ、というのがわかる。

話が科学っぽくなってきたので、生物系。坂田明『私説 ミジンコ大全』(晶 文社)は……あのサックス奏者坂田明(といってわかるあなたはマニアです)によるミジンコ本。へえええ、豪快なイメージがあったので、あんなちっこいミジ ンコなんかに興味を持つとは意外。でも本書を読むと、そのおもしろさ、魅力、そして実際の飼い方まで詳しく説明してあって、大したもんです。まだまだわ かっていないことも多いそうな。ふーん。知らなかった。あと、付録に坂田明のミニアルバム『海 La Mer』もついていて、たいへんお買い得。

以前読んだ本郷儀人『カブトムシとクワガタの最新科学』メディアファクトリー新書)では、カブトムシやクワガタについても実はいろいろわかっていないことが多いのだ、とのことで、なんか意外に身近なものがよくわかっていないのだな、と驚かされたけど、ミジンコもそうなのか。ちなみにこの『カブトムシとクワガタの最新科学』は、小学生時代のあこがれを復活させるよい本なので是非どうぞ。

で、これを買うときにアマゾンの推薦で出てきて買ってしまった、同じくムシ系の島野智之『ダニ・マニア』八坂書房)と足立則夫『ナメクジの言い分』(岩 波科学ライブラリー)。知らなかった、知りたくもなかった話が満載で、害虫扱いされるこうした連中もいろいろ役にたったりしているとか、意外に知恵がある とか。研究者自身が思いっきり楽しんで書いていて、ああ研究者とはこうありたいもの、という感じ。どっちも短いので、ちょっとした暇つぶしにさらっとどう ぞ。ダニは図版も豊富、というのがいいのか悪いのか……。

さて最後は小説。アンナ・カヴァン『アサイラム・ピース』(国 書刊行会)。このアンナ・カヴァン、ぼくは30年近く前に読んだのか。暴力的な夫と不仲で寂しさをまぎらわせるためヘロイン常用、中毒になって精神病院に 入れられ、孤独と不安、病院や政府などの大システムへの不信をテーマにした作品を書き続けた人だけれど、この本は彼女のそうした作風の発端となった傑作短 編集。

後の作品は変に感傷的でグチっぽくなる場合も多く、ムラのある作家だけれど、この作品はセンチメンタルなのにドライ、硬質でありながら悲しいという不思議なバランスを保てている。好きすぎて、かつて雑誌に掲載された分を自炊してしまったほど。もうすでに原書は何度か読んでいるけれど、日本語で読み返してもやっぱり色あせない。気に入ったら彼女の名作『氷』(バジリコ)もどうぞ……と書こうとしたら、絶版なのか。残念。でも図書館かなんかで探して読む価値はあると思う。

さて、次回こそ『クラウド・アトラス』いけるかな。では。