Cakes連載『新・山形月報!』

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

トロツキー・軍艦島・ソラリス

年明け最初の山形浩生さんによる書評連載です。主に取り上げる本は次の通りですー。ロバート・サーヴィス『ロシア革命1900-1927』岩波書店)、『[復刻]実測・軍艦島』鹿島出版会)、水野操『デジタルで起業する!』(かんき出版)、ニール・ガーシェンフェルド『Fab(ファブ)』オライリージャパン)、ニック・レーン『生命の跳躍』みすず書房)、スタニスワフ・レム『虚数』国書刊行会)、マット・ピアソン『ジェネラティブ・アート』(ビー・エヌ・エヌ新社)、三田格野田努編著『Techno definitive(テクノ・ディフィ二ティヴ)』Pヴァイン・レコード)、ケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』東京創元社)などなど!



あけましておめでとうございます。

さて新年は今度出る訳書の関係で、ロシア革命トロツキーに関する新旧の本を読みあさっていたんだが、いやあ、社会主義者どもの書く本ってどうしてあんな に分厚くなるの!! トロツキーは、ロシア革命成功の立役者の一人で、アジ演説の天才で、でもスターリンとの権力闘争に敗れて亡命し、やがて暗殺されてう という劇的な人生を送ったおもしろい人で、日本語の伝記は自伝も含め、主要なもので4種類以上もあるんだが、そのどれも長い! 2段組みの3巻本とか、や めてくれよー(といいつつ、それを自分でも増やすことになるんだけれど)。それだけで正月が潰れてしまいました。

ちなみにいろいろ読んだ結果として、ロシア革命についてはロバート・サーヴィス『ロシア革命1900-1927』(岩 波書店)がいちばん包括的でコンパクトでよいと思う。訳がえらく愚直なのが難だけれど、もともと華のない単調な原文なので、大きく本を損なうほどではな い。レーニンの理論がどうしたとか、ナントカにおけるプロレタリアの位置づけがどうしたとかいう、社会主義の無意味な教義論争に入り込まないのがいいね。 あと、訳者の中島毅による、ロシア革命をとらえる様々な理論的立場の概説も有益。

それ以外のもっと気の安まるものとしては、なぜか軍艦島に突然惹かれておりました。軍艦島は長崎の沖にある石炭採掘基地。小さな島に、日本初の鉄筋コンク リート造の高層アパートが乱立し、すさまじい高密度居住が実現していたけれど、いまは石炭も掘り尽くされて完全な廃墟になっている。異様な光景だし、昔か ら廃墟マニアには人気が高かったところで、九龍城砦の写真とか好きな人は絶対気に入る、というかその方面が好きな人で知らない人はいないところ。軍艦島と いうから軍事施設だと思っている人もいるけど、そうではないので念のため。

廃墟としての風景を楽しむだけなら、各種の軍艦島写真集やDVDがあるので、どれでもいいから是非どうぞ。ぼくはちょっと建築的な興味のほうが強かったので、『都市住宅』の特別号を復刊した『[復刻]実測・軍艦島』鹿島出版会)を見ていた。廃墟写真集としてはもっといいのがあるけれど、やはり建築的な解説や文化的な評価については非常に詳しくて勉強になる。

軍艦島海上産業都市に住む―ビジュアルブック 水辺の生活誌 (ビジュアルブック水辺の生活誌)

軍艦島海上産業都市に住む―ビジュアルブック 水辺の生活誌 (ビジュアルブック水辺の生活誌)

それともう一つ、伊藤千行(写真)/阿久井喜孝(文章)『軍艦島 会場産業都市に住む』(岩 波書店)は廃墟としてではなく、実際に人が住んでいた空間としての軍艦島を、当時の写真でまとめた貴重なもの。単身赴任の町ではなく、坑夫たちとその家族 が暮らす場所として子供たちもいて、商店街もあり、学校もある。また実際の居住者の話も載っていて面白い。こちらを眺めた後で、いまの廃墟の写真集を見る と、また感慨深いものがある。超高密居住というと、タコ部屋に押し込められた労働者たちが、というような印象を持ちやすいけれど(特にロシア革命本をしこ たま読んだ後では)、そういうわけでもなかったんだね。もちろん、お世辞にもいいとは言いがたい居住環境ながら、人々はそれなりに明るく、日本の産業の一 翼を担う存在として誇りをもって暮らしていたこともよくわかる。

さて産業といえば、去年はやたらに3Dプリンタや3DスキャナによるMAKE系の製造業革命の本を紹介してきた(第一回第三回第六回を参照)。2013年もこれは続く。まず、そうした動きを使って実際に起業してみようという動きについて。これは水野操『デジタルで起業する!』(か んき出版)をどうぞ。MAKE系の新しい技術を使い、自分で起業するときの設備、ビジネスプラン、資金調達、作業場確保その他、起業にあたってのあれやこ れやをていねいに解説している。実際の起業事例も紹介して、単に机上の空論でない現実味も持たせていて、とてもいい本。その一方で、ちゃんと必要なビジネ ススキル、PR方法その他についても書いて、安易に煽る本ではない。今年あたり、こうした動きがだんだんブレイクしてくるといいな。

一方で、こうした動きを先駆的に捕らえた本も復刊されている。サブタイトルに「パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーションへ」とある、ニール・ガーシェンフェルドの『Fab(ファブ)』オライリージャパン)。2006年にこれの邦訳が『ものづくり革命』(ソ フトバンク クリエイティブ)として出たときに見落としていた己の不明を恥じる。こうした動きを、もっと大きな技術史、文化史の中におさめた高踏的な視点を持つ一方 で、先進国のみならず、途上国の事例、教育的な使い道などの具体例も豊富だ。まだ先が見えない時期だけに様々な試みが挙がっていて、5年以上たった今でも おもしろいし、復刊にあたって監修者の田中浩也がつけた解説も的確だと思う。

生命の跳躍――進化の10大発明

生命の跳躍 ― 進化の10大発明

だんだん科学っぽいほうにいくと、ニック・レーン『生命の跳躍』(み すず書房)はおもしろかった。副題に「進化の10大発明」とあるように、生物の進化の中で重要な発展を10個選び、それを実に美しく解説した本だ。もちろ ん最初は、生命そのもの。続いてDNAの誕生は画期的な事件だったし、植物の光合成も一大事件だった。そうしたものがなぜすごいのか、どういう研究の結果 として解明されたのかについて、しっかりした手抜きのない、読み物としても飽きない記述が展開されて、真面目にも気楽にも読める。進化と生命の不思議に胸 を躍らせる人すべてにおすすめしたい。

その『生命の跳躍』で 最後にとりあげられた発明は、死だった。ぼくたちはいつか死ぬ。そしてそれが人間を人たらしめている。「不死の代償は人間性の喪失なのである」と著者は述 べる。が……本当にそうなのだろうか。半分SF的なお話としてだけれど、不老不死を真面目に考えている人はいる。そしてまた、生命を機械と連続して捕らえ る見方の人もいる。生命は人間を作り、人間は機械を作って、いずれコンピュータと機械が宇宙を支配する、と。

これを真面目に考えた人がポーランドスタニスワフ・レムで、人間以後の機械の世界を書いたコメディ『宇宙創世記ロボットの旅』(ハヤカワ文庫)は爆笑ながら実に深い思索をこめた大傑作。絶版なのが惜しいところだけれど、図書館か何かで借りて読んで。そして同じレムの『虚数』国書刊行会)に収められた、人間の限界を超えたコンピュータの話もあわせてどうぞ(ちなみに、国書刊行会の「スタニスワフ・レム・コレクション」の続きはどうなっておるのだ!!)。いずれ知性が発達すれば、人間の限界を超え、人間には理解できないものとなる—レムの一番有名な『ソラリスの陽のもとに』(ハヤカワ文庫、国書刊行会からも『ソラリス』の書名で出ている)も、そのテーマを扱ったもの。

そして、それがすでに現実化しつつある。人間性の最後の砦の一つは、美や芸術だと思われているけれど、それをコンピュータに作らせた試みを描いたのが、パメラ・マコーダッツ『コンピュータ画家アーロンの誕生』紀伊國屋書店)。古い本だけれど、是非ご一読を。コンピュータでも芸術性のある絵を描ける! 「アーロン」の描いた絵をどう評価するかはあなた次第だけれど、だんだん人間の「芸術」にコンピュータが肉薄していることはだれでも認めざるを得ないと思う。

自分でコンピュータに絵を描かせてみたい人はマット・ピアソン『ジェネラティブ・アート』(ビー・ エヌ・エヌ新社)を。画像生成プログラミング言語Processingの解説と、それを使った作画の例をソースコードつきでたくさん挙げた本で、カオスを 使って機械的でない生成的な画像を作り、これまたアーロンとはちがう形でぼくたちの美意識に迫る。絵心のあるプログラマ、あるいはプログラマ心のあるアー ティストは是非お試しを。ぼくももう少し時間があれば……。

同じくコンピュータに乗っ取られるんじゃないかと思っている領域の一つは音楽。ぼくは年甲斐もなくエレクトロ系の音楽が好きで、2012年11月には 「electraglide 2012」のために幕張メッセまででかけてきたんだけれど、もうすでに人間はコンピュータの作る音のサポート役になっているようにも思える。そうしたテク ノ系音楽の系譜を無数のアルバムで紹介したのが三田格野田努編著『Techno definitive(テクノ・ディフィ二ティヴ)』(P ヴァイン・レコード)。名盤紹介で、すごい分析などがあるわけではないけれど、まとまった形でこうした音楽の系譜を見せてもらったのは初めてだったので感 心。たぶんその筋のマニアが見ると「アレが入ってないとは何事か」とかいろいろあるんだろうと思うので、ご存じの方はご教示いただきたいところ。もちろん 別に網羅的に聴く気もないんだが。

とはいえ、芸術分野の中でも小説はまだまだ人間の領域に残りそうなんじゃないか(ケータイ小説とかラノベとか見ると、いささか危機的には思えてくるけれど)。新年はあまり小説は読まなくて、唯一読んだのがケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』(東 京創元社)。日常生活がちょっとしたきっかけで徐々に不思議な世界に入り込む味わいは実に楽しい。明るい不条理小説みたいなものかな。そしてそれが何か ちょっと大きな話に接続されて、最後は…… あまり説明になってないけれど、この手の小説は説明すると味わいが消えるので、まあ騙されたと思って読んでく ださい。ただし人生の教訓とかを小説に求める人、いろんな爆発やら銃撃戦やら大恋愛やらがないとダメな人には向かないと思う。

とりあえず、正月で読んだのはこんなものかな。目先の役にたちそうなものは何一つないけれ、そこはそれ、お正月ですから。次回からはもう少し実用的なものも入る、かもしれない。ということで、今年も一つよろしく!